神殿 8
メリトンという宝石商は、かなり有名だ。
サーシャでも名前は知っている。
優秀なデザイナーがいるとかで、新作デザインなどは、予約もできないほど人気らしい。
宝石は富の印だ。ブルックス伯爵家は上級貴族ではない。ゆえに宝石を身にまとい、財力をみせつけようとしていた。
「ところで、ブルックス伯爵はよくこの孤児院を訪ねてくるのか?」
レオンの問いに、ダイビンは頷いた。
「多額の寄付をいただいているだけでなく、子供たちにも気を配っていただいております」
「ブルックス伯爵は、人格者なのだな」
レオンが呟いた。
「はい。とてもよくしていただいております」
ブルックス伯爵が人格者かどうかは定かではないが、多額の寄付をしているのは間違いない。
おそらくブルックス伯爵の不利になるようなことは、ダイビンは話さないと思われた。
「ブルックス伯爵夫人はこちらには来るかね?」
「いえ。場所がデイバーということもありまして、ご夫人がいらしたことはございません」
ダイビンは首を振った。
夫人が来たがらないのか、伯爵が止めていたのかは定かではないが、デイバーに貴族の女性が来ることは、あまりすすめられない……そう考えたサーシャは、自分も貴族であることを思い出し、内心で苦笑した。
「ふむ。……アルカイド君」
レオンが不意にサーシャの方を見た。
「はい」
「何か気になることはないか?」
「ええと」
サーシャは口を開く。
「まず、この孤児院で魔道具とかは使用されていますか? 大きなエーテルの流れを感じましたので。それから初歩の魔術訓練は頻繁に行われているのでしょうか?」
「え?」
ダイビンは驚いたようだった。
「魔道具は魔道灯程度は使いますけれど。大きなエーテルの流れというのであれば、魔術師になりたい子供の訓練をしているせいかもしれません。初歩訓練は、毎日行っております」
「それほど、魔力を持った子たちがいるのですか?」
サーシャの問いにダイビンは頷く。
「ここにいる子供たちの多くは、魔力をもっています。塔に行くほどすごい子供はおりませんが。神殿がこちらに集めているのです」
「なぜだ?」
レオンが問うとダイビンが苦笑した。
「魔力暴走の危険がありますから。デイバーなら、その可能性があっても、誰も反対しないからというだけのことです」
「その点は、塔にご連絡はいただいているのでしょうか?」
サーシャはさらに突っ込む。
「神殿の方でしていないのであれば、しておりません。こちらは、あくまで神殿の経営する孤児院でございますので」
ダイビンが首を振る。
「それはおかしい。この国にある限り、神殿の経営とはいえども、魔術訓練をするなら報告が義務付けられているはずだが」
レオンがにらみつけると、ダイビンの顔が青くなった。
「さらに魔術訓練を行う教師には、国家資格がいる。ここで教えている教師はきちんと資格を取っているのか?」
「それは……」
「神殿に任せておいたので知らないでは通らない。もちろんこちらから、神殿の方に問い合わせはさせてもらうが、君の罪がなくなるわけではない」
レオンは息をついた。
「魔術訓練を行わなければならない人材は、帝都にそんなにはいないはず。何人も秘密裡に集めているとなれば、何事かを企んでいるのかと、疑いたくなる」
「そんな……ことは」
ダイビンは汗をぬぐいながら、首を振る。
「マーダン」
レオンは、サーシャとともにレオンに同行していた部下の名を呼んだ。
「ダイビンどのを朱雀離宮に連れて行け。それから帳簿や、名簿など押収しろ」
「承知いたしました」
マーダンはダイビンの身柄を拘束する。
「私は何もしていない!」
「知っている。君の場合は、何もしていないからこそだ」
喚くダイビンに、レオンは言い放つ。
「くそっ! こんなことをして神に許されると思うな! 呪われるがいい! 死神皇子め!」
ダイビンが悪態をついた。
先程までの礼儀正しさはどこかに消えてしまった。
「お前の神は人を呪うようなことを許すのか。もしそうなら、私はそんな神を信用はできない」
「神を愚弄するな!」
ダイビンが怒りの声をあげる。
「神を愚弄しているのは、あなたの方だと思いますよ」
サーシャが呆れたように呟く。
ダイビンは喚き散らしながら、マーダンに連行されていった。




