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魔眼の宮廷魔術師は眼鏡を外し、謎解きを嗜む  作者: 秋月 忍
第四章 神殿

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神殿 2

 霊安室はサーシャが思っていたよりもずいぶんと狭かった。

 街の診療院なのだから、当然と言えば当然なのだが、窓のない角部屋で、ベッドが一つ。遺体の枕元に花が飾られているほかは、何もない。

 ほんの少し香りがするのは、遺体の腐臭をごまかすためのものだろう。

 見ない方が良いとグランドールが言うだけあって、かなりひどい状態だった。

 頭蓋骨を折ったのか、かなり頭部がひしゃげている。足も変な方角に折れ曲がっていた。

「ここについた時は、既に息絶えておりました」

 グランドールが静かに口を開く。

 さすがに想像を越えた状態の遺体に、サーシャは体が震えるのを感じた。

「大丈夫か? アルカイド君」

 レオンの大きな手が、サーシャの肩にのせられる。

「遺体を見慣れている私でさえ、この遺体はひどい。これは親衛隊の仕事で君の仕事ではない。無理をするな」

「いえ。お気遣いなく。大丈夫です」

 サーシャは首を振り、大きく息を吸う。

 眼鏡を外し、口や鼻を調べる。

 及び腰のせいなのか、魔素は発見できない。

「ひょっとして吐血をしましたか?」

「ええと。はい。死後処理をいたしました」

 サーシャの問いにグランドールが答える。

「では、魔術薬剤の魔素が分からなくなってもおかしくないですね……」

 サーシャはため息をつく。

 もともと魔術薬剤は飲んでしまうものなので、表層に魔素が残ることは珍しい。

 生きていれば、体全体に作用するため、口や鼻から呼吸で魔素がこぼれることがあるけれど、死んでしまったら、体内にとどまるだけだ。

 死後の吐血などで効果が表れた時の魔素が体内から出てしまえば、もうわからない。

 胃の腑を腑分けでもすれば違うかもしれないが。

 この場合、死後処理をグランドールがするのは当たり前のことだ。

 おそらくここに運ばれたときは、もっとひどい状態だったに違いない。

「所持品は?」

「こちらです」

 レオンに促され、ベッドのわきに置かれていた木箱をグランドールは開いた。

 中に入っていたのは、貨幣の入った袋、半分ほど液体の入った瓶。あとは使い古したハンカチが一枚。

 特に目を引くものはない。

「……あえて言うなら、この瓶か」

 レオンは瓶に手を伸ばす。

 御者が飲み物を持っているのは不思議でも何でもない。

 夜会などの場合は、控室が用意されているけれど、そうでないちょっとした所要の場合、馬車で待つことの多い御者は夏場などは飲み物を用意する。

 それほど暑い時期ではない今の時期だが、絶対に持たないとも言えない。

 レオンはためらいなく瓶のふたを開けた。

 ツンとする薬草の香り。

「これは……ラクライの香りの気がする」

 レオンが顔をしかめる。

「どう思う?」

 レオンから瓶を渡されたサーシャは、中に魔素がないのを確認する。

「確かにそんな気もしますが、どう思われます?」

 サーシャは、香りをかいだものの確信が持てず、グランドールに渡す。

 薬草に関しては、サーシャよりグランドールの方が当然詳しい。

 ラクライは、強いめまいを起こす作用があったはずだ。

 肌荒れに効果のあるドミランとよく似た葉で、香りは少しだけラクライのが強い。

「間違いありません。ラクライの香りがします」

 ドミランとラクライについては、サーシャも薬を扱う常識として学んだ。

 それほど、民間では間違いの多い薬草である。

「ということは、ラクライを摂取したことによるめまいで、馬車の操縦を誤ったとみるべきでしょう」

 グランドールは険しい顔をする。

「これのせいか?」

「それほど強いものではありませんが」

 ふたを閉じながら、グランドールはレオンに答える。

「年に数回、間違えてこちらに来る方がいらっしゃいます。敏感な方なら、香りで違うとわかるものですが、こちらの方は気づかなかったのでしょう」

「これは、この男が自分で煎じたものでしょうか?」

 サーシャは首をかしげる。

「……これだけでは何もわからない。家族が来たら確認しよう」

「もしこれが、本人が煎じたものでないのであれば、故意か、それともただの間違いなのかによって、いろいろ変わってきますね」

 サーシャはため息をつく。

「先入観はまずいが、十中八九、故意だろうな」

 レオンはそういってから、瓶を遺品入れに置いて、霊安室を出る。

 さすがに遺体の前で話すのは、レオンも落ち着かないのだろう。

「故意にしては、飲むか飲まないかわからない、不確実な方法だと思いますが」

「ターゲットは、この男ではない。あくまでもブリックス伯爵だ」

 サーシャの疑念に、レオンは答える。

「おそらく訪問先でブリックス伯爵は魔術薬剤を飲まされた。眠ってから馬車に乗せられたのか、それとも自力で乗ったのかは不明だが。そのまま無事に帰ったとしても、当分彼が目覚めることはないのだから、必ずしも事故にあう必要はない。事故で死んでくれれば都合が良いと、犯人は考えたのかもしれない」

 レオンは大きく息を吐いた。

「なんにせよ、嫌な話だ」

「本当に」

 事件を知る人間にたどり着いたと思うと、その人間が事故にあう。

 悪いのは黒幕であるのに、真相を追うこちらも罪の意識を感じてしまう。

「アルカイド君も不快だろう。巻き込んですまない」

 レオンが頭を下げる。

「いいえ。私が望んだことですから」

 サーシャは首を振る。

 レオンに依頼されたから、ハダルに命じられたから、ここにいるのではない。

 もはや、サーシャ自身が、この謎に取りつかれている。

「ここで塔に返されても困ります」

 サーシャがそういうと。

「頼りにしている。問題は、手放せなくなりそうで怖いのだがね」

 レオンはわずかに口角を上げて、微笑した。

 



 

 


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