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魔眼の宮廷魔術師は眼鏡を外し、謎解きを嗜む  作者: 秋月 忍
第三章 念糸

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念糸 23

 レオンは眠りに落ちた女性を、床に寝かせる。

 裸体は血に濡れていたが、本人のものではなさそうだ。

 レオンは女に傷がないことを確認してから、オーナーに持ってこさせたガウンを羽織らせた。

「だから、よくわからないんだ」

 傷の手当てを受けながら、男が首を振る。

 事態を消化できていないようで、震えが止まらないらしい。

 血まみれではあるが、そこまで深い傷ではなさそうだ。ただ、あちこちに傷がある。

「ルクセイド・ハックマン祭司だな?」

 レオンの問いに、男は頷く。

「何があった?」

「情事の最中に、突然マリアが酒瓶を手に取って、殴りかかってきた。理由なんてわからない」

 女、マリアとハックマンは顔見知りで、なじみであったものの、あくまで『一夜』の関係で、深い情愛があったわけではないようだ。

 もっともマリアの方が同じ気持ちだったとは限らない。

「殿下、入ってもよろしいでしょうか」

 扉の向こうから、サーシャの声がした。

「ああ、入ってくれ」

 ハックマンが服を身に着けたのを確認して、レオンはサーシャに答える。

 サーシャ自身は気にしないというかもしれないが、サーシャは未婚の女性だ。

 レオンとしても素っ裸の男がいる状態で、サーシャを部屋に入れるわけにはいかなかった。

「これはまた、ひどいありさまですね」

「下手に歩かない方がいい。割れたガラスの破片が落ちている」

 部屋に入ってきたサーシャに、レオンは注意を促す。

 格闘の際、途中で割れてしまったガラス瓶の破片がベッド周辺に散らばっていた。

「結界は維持しておりますが、どうやら、個人を特定し、周囲に影響を及ぼすタイプの特殊な黒魔術がかかっているようです」

 サーシャは苦い顔をした。

「つまりどういうことだね?」

「アルカイドさんの張っている結界にいる間はいいですが、そこから出れば、おそらく周囲にいる人間が影響を受ける、と言う意味だと思います、殿下」

 マーダンがサーシャの代わりに説明をする。

「何か手立ては?」

「結界を解除し、この男性に一度死んでいただこうかと」

「え?」

 さすがのレオンも耳を疑った。

 聞いていたハックマンも恐怖に顔が引きつる。

「ええと。死んだことにするだけです。すくなくともそれで、しばらくの時間は稼げます」

 言いながら、サーシャはハックマンに近づく。

「失礼しますよ」

 一応は断りを入れてから、少し後退しかかったハックマンの髪の毛をサーシャは引き抜いた。

「ひゃっ」

 ハックマンが悲鳴をあげる。

「アルカイド君?」

「身代わりですよ。追跡型の魔術を防ぐ方法の一つです。そんなに難しいことではありません。ハックマン祭司本人を結界に隠し、身代わりを消滅させます」

 サーシャは言いながら陣を描く。

 ハックマンは、毛髪に関して、かなり悲壮な思いがありそうで、レオンとしても同情を禁じ得ない。

「身代わりの術は、愛用の品を使うと聞いたことがあるが?」

「体の一部を使う方がより術者を騙せます。手足を切り取るよりマシでしょう」

 サーシャの顔は真顔だ。

 確かに、ここで相手にハックマンが死んだと誤認させることは、捜査にかなり有利に働く。

「それで、どうすればいい?」

「ハックマン祭司をこちらの魔法陣に閉じ込めた状態で、こちらに、ハックマン祭司の身代わりを作ります。私が合図をしたら、殿下はその偽物を斬ってください」

「偽物を斬る?」

「すぐにわかります」

 サーシャは、ハックマン自身を描いた陣の中に入れ、動かないように言い含めると、もう一つ陣を描いて、そこに先程の髪の毛を置いた。

「仮初の姿を現せ」

 サーシャが呪文を唱えると、その場にハックマンとうり二つの人の姿が現れた。

 本物と違って、淡い燐光を放っているのと、やや体が透けてみえる。

 レオンも立場上、様々な魔術を見知っているが、実際に身代わりの術を見るのは初めてだ。

 この術は、追跡してくる相手より魔力が高くなければ成立しない。

 迷うことなくこの術を選択するというのはサーシャの自信の表れだ。

「相変わらずすごいな」

 レオンは思わず呟く。

 その時レオンの体の中に殺意のようなものが流れ込んできた。無性にハックマンを殺したいという気持ちが沸き上がる。

 理性で抑えられる程度だが、それでもはっきりと感じた。

「今です、殿下」

 レオンは剣を抜いて、身代わりのハックマンを斬る。

 幻が消え、はらりと斬れた髪の毛が舞った。

「ひっ」

 さすがに虚像とはいえ、自分が斬られるのは、恐ろしかったのだろう。ハックマンが泡を吹いている。

「一刀で決着をつけられるとは、さすがにお見事ですね」

「動かないものを斬るのはそれほど難しくないだろう?」

 思わずレオンは苦笑する。

 レオンは目の前にある虚像を斬っただけだ。

「普通の人間でしたら、術に翻弄されてしまう可能性も高かったでしょうから」

 サーシャがほんの少しだけ肩をすくめて笑う。

「……それが分かっていて、私にやらせようと?」

「殿下なら絶対に大丈夫って思ってましたから」

 その根拠がなんなのか、レオンには全く分からなかったが、自分が思っているのと同じくらい、サーシャに信頼されていると感じると、胸の奥がこそばゆい思いがする。

「それでは早々に、祭司を安全なところへ連れて行かねばな」

 レオンは捜査の指揮をマーダンにゆだね、ハックマンとマリアを連行するよう兵に命じた。

 


 


 


 


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