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魔眼の宮廷魔術師は眼鏡を外し、謎解きを嗜む  作者: 秋月 忍
第三章 念糸

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念糸 22

 月影邸は、高級娼館というだけあって、かなり落ち着いた店構えだ。

 どこかの貴族の別宅と言われても、納得するだろう。

 けばけばしさはなく、煌びやかでもない。

「趣味が良いですね」

「来る客が一流だからな」

 サーシャの感想にレオンが答える。

 一晩で落としていく金額が違うのだ。すべてに質の良さが要求されるのだろう。

「それで、親衛隊がどのようなご用件で?」

 目の鋭い男だった。

 年齢は三十くらい。この店のオーナーらしく、かなり身なりがいい。

 やり手なのだろう。

「ルクセイド・ハックマンが来ていると聞いたが?」

 レオンの質問に、オーナーはやや眉間にしわを寄せた。

「お答えいたしかねると申し上げたら?」

 場所が場所だけに、守秘義務があるのは当然だ。

 それに、『犯罪者』と確証があって、追ってきたわけではない。

 この対応は、ある意味、この店が一流である証拠だ。

「それは別に構わないが、ハックマン祭司は命を狙われている可能性がある」

 レオンはあいも変わらず無表情で告げる。

「ここの娼婦と心中と見せかけ殺害される可能性もなくはない」

「何をおっしゃっているのです?」

「見たところ、この館の警備は魔術方面に関しては、ほぼ何もされていませんね」

 サーシャは指摘する。

 たいていの娼館と同様、この店にも警備員が多数配置されており、刺客などが入り込むのは難しい。

 ただ、魔術に関しては、サーシャが見る限り簡単な『呪い返し』が施されている程度だ。

 外からの魔術攻撃を受けたら、まず防げないだろう。

「ハックマンを狙っている輩は、自分の手を汚さず、殺害を試みると予想している。ゆえに予想が当たっていれば、不幸な巻き添えが出るだろう」

 レオンは肩をすくめた。

「ハックマン祭司はいらっしゃっております」

 コホン、とオーナーが咳払いをする。

「ですが、すぐにお呼びできるかどうかは」

 オーナーの話を聞きながら、サーシャはふと眼鏡を外して、天井を見上げた。

 ──何かがおかしい。

 建物の中にしてはエーテルが大きくうねっている。

「大きな魔力を必要とする魔道具は、この上にありますか?」

「え? ありませんが」

 サーシャの問いに、オーナーは首を振る。

「殿下、おそらく攻撃です!」

「アルカイド君?」

 サーシャは大急ぎで陣を描く。

「右上の位置に強い魔力が外から働いていると思われます。建物全体に結界を張ってみますので、早急に影響下にある人間を保護してください」

「わかった」

 レオンがマーダンを伴って、階段へ向かうのを横目で見ながら、サーシャは意識を建物に広げる。

 魔力が集約している場所がはっきりわかればもっと、狭い範囲の結界で対処可能だが、おそらくそんな時間はない。

──今回は殿下の予想が外れたのかもしれない。

 レオンはハックマンを狙うなら、親衛隊が手配した後だろうと予想した。

 ただ、ハックマンが不慮の事故で死ぬ方が、自害に見せかけるよりも簡単で確実だ。

──とはいえ、間に合うといいけれど。

 おそらく遠隔で一気に魔術攻撃をするような真似はしないだろう。

 黒魔術を使用し、『物理的な方法』で殺害しようとするに違いない。

──とりあえず、私は魔術を遮断するほうに集中しなくては。

 サーシャは目を閉じ、魔力を陣に注ぎ込んだ。



 レオンはマーダンとともに階段を駆け上った。

「お待ちを!」

 後ろから、オーナーが追いかけてくる。

 その時、部屋の中で何かが割れる音がした。

「や、やめろ!」

 男性の悲鳴だ。

 レオンは声の聞こえてきた扉のノブを開こうとしたが開かない。おそらく中からカギがかけられている。

「殿下、お下がりを」

 マーダンは前に出て、扉の蝶番を風の魔術で破壊する。内鍵の位置が正確に分からない場合、蝶番の方が確実に破壊できるからだ。

 扉が通常とは逆に開く。

 血臭がした。

 薄暗い照明の中、割れたガラスの瓶を振り上げている全裸の女性がいる。

「ひぃぃ」

 悲鳴を上げて、床に座り込んでいる男も全裸だ。男は頭から血を流しており、床にはガラス片がちらばっていた。

 レオンは女の右腕をつかみ身体を拘束する。

「離せェ!」

 女は狂乱状態だ。

「眠れ!」

 マーダンの呪文が完成し、女が崩れ落ちると、後には、血だらけの男が泣きじゃくっていた。




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