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魔眼の宮廷魔術師は眼鏡を外し、謎解きを嗜む  作者: 秋月 忍
第三章 念糸

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念糸 21

 神殿につくと、レオンはハックマン祭司に会わせるように要求した。

「それが、ハックマン祭司は現在、不在でして」

 慌てて出てきた神官が、平身低頭で答える。

 初めてレオンと二人で来た時に比べ、ずいぶんと違うとサーシャは思う。

 今回は護衛こそいるものの、隊を率いてきたわけではない。

 もっとも、影狼の首魁がいたり、マーベリック祭司がつかまったりなど、神殿としては不祥事が続いたこともあり、親衛隊にこれ以上睨まれたくはないはずだ。

 それに。レオンの推測が正しければ。

 神殿側としては、ハックマン祭司は、おそらく、親衛隊においつめられて『自決』という結末に持っていきたいのではないかと、サーシャは思っている。

 神殿の内部調査の段階で、黒と認定するわけではなく、あくまで親衛隊に花を持たせる形で、ハックマンを切り捨てる。そうすることで、ハックマン一人の責任をおしつけられるだけでなく、親衛隊に黒星をつけることが可能だ。

 下手に内部調査の段階で、ハックマンを死に追いやれば、トカゲのしっぽ切りと疑われ、さらに親衛隊の手が入る可能性が高い。

「どこに出かけている?」

「それが、おそらくは、その、ダルヴァだと」

 神官は、ためらいながら答える。

 ダルヴァというのは、貴族相手の歓楽街だ。高級娼婦、賭博、そんな店が多く集まる場所である。

「懇意にしている店があるのか?」

「ええと」

 神官は、話すべきか迷っているようだった。

 祭司が歓楽街に入り浸っているというような話を、外部の人間にすべきかどうか迷っているのかもしれない。

月影邸(つきかげてい)という場所です」

 神官は仕方ないという顔をする。

「本当にそちらで、間違いないのか?」

 レオンは念を押す。言外に、嘘は許さないという圧をかけている。

「少なくとも、そう伺っております」

 ハックマンが嘘を言っていたら知らない、とでも言いたげだ。

「では、そういうことだな。今、ここでのやりとりについては記録に残しておく」

「承知いたしました」

 レオンの言葉に神官は頷く。

──これで、居留守を使っていた場合、神殿に責任を問うことができるというわけね。

 サーシャは内心で苦笑する。

 レオンは、この後、神殿に見張りを残していき、出入りを監視させるつもりだ。

 皇子を門前払いをしておいて、()()()()()()()()()()状態で、ハックマンが自害したとなれば、神殿に責任を問える。

 さすがに、まだ、ハックマン祭司が犯人だという証拠は何もない。本当に外出している可能性もある。

 これは、万が一の保険、ということだろう。

 レオンは神殿を出るとマーダンに耳打ちしてから、馬車に乗り込んだ。

「ダルヴァに行かれますか?」

「ああ」

 サーシャの問いにレオンは頷く。

「月影邸というのは、有名な貴族相手の高級娼館だ。前から、エドランの関係者が出入りしているという噂がある」

「エドランですか」

 エドランはとにかく魔術に対して寛大と言えば聞こえはいいが、黒魔術の研究の無法地帯だ。

 取り締まりが緩ければ、当然、人材も集まり、さらに研究が進む。

 いまや、黒魔術の最先端がエドランにあると言っても過言ではない。

「つまりハックマン祭司は、そこでエドラン関係者に会い、黒魔術の研究をしていたということですか?」

「そうだな」

 レオンは頷く。

「娼館というのは、人目をしのぶ作りになっている。密談するにはもってこいの場所だ」

「それなら、急いでハックマン祭司を保護しないといけませんね」

 サーシャは顎に手を当てる。

 神殿にいるなら、親衛隊が囲むまで、ハックマンは『生かされて』いただろう。

 だが、場所が娼館だとしたら。

「そうか。()()()()()()で、殺害される可能性もある、ということだな」

「はい。その場合、不幸な娼婦が相対死にする可能性があります」

 もし、首魁が別にいて、ハックマン祭司を『主犯』に仕立て上げるなら、彼に生きていてもらっては困るはずだ。

 とはいえ、影狼のローザ・ケルトスの時と違って、魔術で遠隔に殺されることはまずないだろう。

 魔術を使えば、必ず、他殺の『証拠』が残る。

「ただ、神殿は私を嫌っているからな。たぶん、それはないだろう。どちらかといえば、私の『手落ち』にしたいはずだ」

 証拠を積み上げ、おぜん立てされた状態で、犯人が目の前で死ぬ。

 神殿側の醜聞と、親衛隊の失態で、相殺という形に収めたいということか。

「そこまで、そんなことにこだわりますか?」

「こだわる。神殿としては、私の評判はできるだけ落としておきたいところだろうから」

 レオンは少しだけ肩をすくめた。

「しかし、親衛隊や殿下の評判を落としたところで、神殿派に有利になるわけでもありませんが」

 レオンは親衛隊の責任者としての業務の性格上のこともあり、政治には常に中立だ。自身はあまり神殿に良い感情を持っていないにせよ、貴族派に与しているようなこともない。

 それだけでなく、権力闘争の旗印にならぬように、慎重に、一歩も二歩も下がっている。

 そこまで、神殿がレオンを警戒する意味が、サーシャにはわからない。

「神罰を恐れぬ私を煙たく思っているのだ。陛下ですら、大祭司には忖度するのが当たり前と、奴らは思っている」

 レオンはわずかに口の端を上げる。どうやら苦笑したようだった。

「私は『光の神フレイシア』の神託によれば、『神を粛正する者』らしいから」

「神託ですか?」

 皇族は、十歳の時に、『神託』を授かることになっている。

 神託と言っても、神が現れて語るわけではなく、大祭司が占っているのだが。

 正直、サーシャは、神殿が皇族にそれこそ忖度して、耳に心地よい言葉を選んでいるとばかり思っていた。

 神を粛正とは、かなり衝撃的だ。

「その神託を恐れて、殿下を蔑ろにしているのですか?」

「そういうことだ。ただ、そのおかげと言っては何だが、私の信仰心は地を這う程度になって、神殿に捜査の手を入れることに、何のためらいもなくなったのは皮肉な話だ」

「自業自得ですね」

 サーシャは苦笑する。

 日が沈み始め、外が暗くなってきた。

 そろそろ会議の時間が始まる。

「ダルヴァについた」

 馬車がゆっくりと、大きな建物の前で止まる。

「ハックマン祭司を必ず確保する。手を貸してくれ」

「承知いたしました」

 サーシャは丁寧に頭をさげた。



 

 


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