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魔眼の宮廷魔術師は眼鏡を外し、謎解きを嗜む  作者: 秋月 忍
第三章 念糸

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念糸 19

 マーベリックの言う通り、神殿は聖女の実家であるソグラン家にかなりの融資をしている。

「ご存じの通り、巫女というのは、寄付金を寄せた貴族から選ばれるわけですが、ソグラン嬢は違う」

 マーベリックは苦く笑う。

「聖女は神殿を代表する人間ですから、『対価』が必要だというのも理解しております。『祭司』とて、給金があるのですから」

 神官やそれを束ねる祭司は毎月、神殿から身分に応じての報酬がある。

 それがどの程度のものなのかは、サーシャは知らないが、帝都にある中央神殿に住み込みでいる神官などは、下っ端で給金がない場合もあるそうだが、寮生活なので、最低限の生活をすることはできるらしい。

「ただ、彼女に流れている資金の金額は、普通じゃない」

 マーベリックはため息をつく。

「この十年。ソグラン家の借金の肩代わりだけにとどまらず、多額の支援金が毎月支払われております。むろん、聖女に正式に推挙される巫女時代は、形だけ『寄付』をしていたようですが、神殿から支払った一部を返還しているにすぎません」

「それほど前からだったのか?」

 レオンは確認するようにマーダンの方を見る。

「現在の段階では、会計はここ五年間ほど調べただけでしたので。至急確認させます」

 言葉少なに答えるマーダン。調べるのには時間がかかるのは当然だ。

「要するに金食い虫で嫌だったということか?」

 レオンの問いに、マーベリックは首を振った。

「それが全くないとは言いませんが。あまりにも関係が不健全です。ソグラン家が神殿の弱みを握っているのであれば、もっと話は簡単なのですが。私には、才能あるアリア・ソグランを飼い殺しにするための方策にしか思えません」

「飼い殺し?」

「そうです。光の加護を持っているということは、この国ではかなり発言権を持つことに他ならない。余計なことを言わぬよう、余計なことをしないように神殿がコントロールしようとしているということですよ」

 マーベリックは肩をすくめた。

「一人を信仰のシンボルにする、それ自体、気に入りませんでしたが、その対象を金で縛り付けている方式はどうにも、胡散臭いと、今でも思いますね」

「マーベリックさんは、ずいぶんと神殿に批判的ですね。いえ、立場を考えれば当然とも言えますが」

 マーベリックはアリア・ソグランを害そうとした事件で失脚し、神殿を追放されたのだ。

 大祭司の方針に批判的なのは当然で、その辺の感情は差し引かねばいけないことはサーシャにもわかるが、彼の言うことには、説得力がある。

「私はアリア・ソグラン嬢が聖女になることには反対しておりましたが、決して彼女が嫌いだったわけでもありませんし、彼女に才能があることは認めておりました」

 彼女が彼女の意志で、神殿の代表となるというのであるならいい。

 だが、そんな風には見えないと言いたいらしい。

「皇太子の婚約者候補に名乗りを上げたことも、実家にかなりの融資をさせたことも、彼女が神殿に圧力をかけて、させたことであれば、話は単純です。一人の悪女に翻弄されているだけなのですから」

「ええと、つまり、アリア・ソグラン嬢の意志と関係ないというのが、問題なのですか?」

 サーシャは首をかしげる。

「根が深いということだよ、アルカイド君」

 レオンが大きく息をつく。

「グレック・ゲイルブ大祭司の意志は信仰より、政治の方に向いている。それの最たるものが聖女、アリア・ソグラン嬢であり、だからこそ、彼は聖女に反対をしていたということだ」

「それは、面と向かって大祭司とけんかすることを避けてはいたけれども、マーベリックさんなりに反対表明をしていたという意味ですか?」

「身もふたもない言い方をすればな」

 レオンが頷く。

「今思えば、私はただの道化だったように思います。私が祭司になったのは意図的な偶然が重なったからですが。平民出身で、正論や理想論を吐く祭司は、組織のガス抜きになるということで、許されていたのかもしれません。冷静に考えれば、貴族でもない私が主流派になることはあり得ないですし、あれ以上の権力など持ちようがなかった。影狼に付け込まれたのは私の責任で、言い訳をするつもりはありませんが」

 マーベリックはそっと肩をすくめた。

 影狼である、ローザ・ケルトスは、マーベリックの意図を読むように暗躍していたが、何者かの指示を受けていたという話もある。

 ひょっとしたら、と、サーシャは思う。

 マーベリックは最初から捨て駒として、影狼に育てられた『祭司』だったのかもしれない。

 実際問題、例の鳳凰劇場の事件以来、アリア・ソグランの人気は上昇している。

 神殿内にあった反対派は、マーベリックが追放された時点で、なりを潜めるようになった。

 神殿としては、マーベリックを悪役にして、不満勢力を黙らせたことになっている。

 とはいえ、影狼がそこまで計算して関与していたかというと、疑問は残る。マーベリックの事件でローザ・ケルトスが捜査線上に上がることは、さすがに不本意だったはずだ。

「話は戻るが、ルクセイド・ハックマン祭司とはどのような男だ?」

「かなり変わった男です」

 マーベリックの顔は渋い。あまり仲はよろしくなかったのだろう。

「生まれは伯爵家の三男だったはずです。陰湿な男ですよ」

「まあ、明るく元気な人に黒魔術のイメージはないでしょうしねえ」

 つい、どうでもよいことを口にしてしまい、サーシャはすみませんと謝罪する。

「でも、黒魔術とかの研究してて、あっちに行かない人というのはものすごい人物出来ていると思うのです」

 サーシャは肩をすくめた。

「自慢ではないですが、私は研究したら、きっと奥まで掘り下げてしまうタイプですので、興味を持たないようにしていますし。塔の場合、黒魔術に詳しい人間は、わりと掘り下げしない、自制心強めのタイプの人間ばかりです」

 そもそも宮廷魔術師なんて、知識を追求し始めたら、周囲など見えなくなる人間の方が多いのだ。

 興味を持ってしまったならば、禁忌と言われても、なんとかそれを得る方法を考え、裏道を探る。

 だからこそ、サーシャなどは、『危うきに近づかない』というスタイルだ。

「ハックマン祭司はどちらのタイプだ?」

 レオンがマーベリックに問いかける。この場合、『踏みとどまっているタイプ』か、『研究に没頭してしまうタイプ』のどちらかか、という意味だ。

「わかりません。あまり親しくありませんので」

 マーベリックは言明をさけた。

 ということとは、たぶん『研究に没頭するタイプ』だと思えるけれども、断定できるほど相手を知らないし、そこまで相手に対して嫌悪感などがあるわけでないということだろうと、サーシャはあたりをつける。

 ここで『研究に没頭』と言えば、彼が禁忌を犯していると告げ口しているも同然だ。マーベリックは、すでに神殿を追放されているが、証拠もないのに人を罪に陥れようとするタイプではない。

「ちなみに、黒魔術に関しての蔵書に関しては神殿はどのように?」

 これは、サーシャの純粋な興味だ。塔の場合は、『禁書』扱いで、許可がないと閲覧できない場所に文字通り封印されている。

「大祭司の許可がないとは入れない書物庫に保管されておりました。緊急時には必要な知識でございますから」

「では、塔とほぼ同じ感じですね。貸し出しの記録も残る形ですか?」

「もちろんです」

 マーベリックが頷く。

「ハックマン祭司は、書庫にこもられて研究をなさって?」

 サーシャはさらに問いかける。

「いえ。全体的に、そこまで勉強熱心ではなかったような気はします。あまり存じませんが」

 マーベリックは、どちらかと言えば祭司の中では勉強熱心で、黒魔術こそ全く触れなかったが、神学などを読むために、書庫にこもることもよくあったが、ハックマンを見かけたことはなかったらしい。

「ハックマン祭司は外の人間とも交流を多くしておりますから、そちら経由で手に入れられることもあるでしょう。なんといっても、黒魔術に関しましては、エドランのほうがさかんですし」

「……エドランか」

 レオンの顔がわずかに曇る。

「分断どころではないのかもしれないな」

 エドランは、ダン・バルック子爵を使って、この国を分断しようとしていると考えられていた。

 が、もし、神殿の人間にエドランが関与しているのであれば、分断ではなく、乗っ取りの可能性もある。

「もしそうであれば、勢力争いなどしている場合ではない」

 レオンは大きくため息をついた。

 

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