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魔眼の宮廷魔術師は眼鏡を外し、謎解きを嗜む  作者: 秋月 忍
第三章 念糸

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念糸 18

 塔に戻ったサーシャは、会議の前にルーカス・ハダルのもとへと急いだ。もちろん、ロイド・マーベリックに会うレオンに随行する許可をもらうためだ。

 報告のため、サーシャとともに来たリズモンドは、不満というより半ば諦めたような顔をしている。

 本当はサーシャを止めたいのだろうが、チーム行動をとって、得をしたことがないというサーシャの感覚はリズモンドが作ったようなものだ。今更、リズモンド自身が何を言っても空々しく響くことは、リズモンド自身もわかっている。

 もっとも、サーシャはリズモンドに嫌がらせをされようが、されまいが、好奇心をさそう仕事以外は、手を抜こうとは思わないが、熱心に意見を述べるつもりもない。

 今回の事件に関しての興味はあるが、それは真相についてだ。施されている術式に関しての議論なら興味はある。が、それについては、もう結論済みなのだ。おそらく今日の会議の内容は、親衛隊での出張研究の報告と、今後の対応策が中心になる。正直言って、サーシャの興味は薄い。それよりは、レオンと行動するほうが楽しそうだ。ジム・ゼールについては、おそらくは患者についての報告だから、特に新しい情報はなさそうだが、ロイド・マーベリックの話には、新しい何かがあるかもしれない。

 相変わらず、ルーカス・ハダルは忙しいが、なんとか彼の研究室にいるところを捕まえることができ、サーシャはほっとした。会議の時間前にあえたのは、僥倖だった。

「サーシャも来るとは珍しいな」

 リズモンドから報告書の束を受け取りながら、ハダルはサーシャに目をやった。

「はい。お願いがありまして」

「事件が終わるまで、親衛隊に出張したいという話か?」

「へ?」

 思ってもみない言葉に、サーシャは目を見開く。

「おや、違うのかい?」

「違いませんけれど、違います」

 サーシャは慌てて口を開く。

「実は、会議を欠席して、レオン殿下の調査に同行する許可をいただきに上がったのです」

 サーシャは素直に説明をする。

「まあ、いいだろう。どうせ、今後の対策の話ができる状態ではないしな」

「ハダルさま?」

 リズモンドは意外そうだ。

「今日の全体会議の前に、宮廷魔術師の意見をまとめておくだけの意味しかないものだ。それよりも、サーシャが同行すれば、その目が殿下のお役に立つこともあるだろう」

「それは……そうですが」

 不満そうなリズモンドに、ハダルは苦笑する。

「わざわざ許可を取りに来たということは、殿下の指示があったのだろう? そうでなければ、サーシャのことだから、リズモンドに押し付けて、勝手に会議を欠席してしまうだろうから」

「ええと、すみません」

 さすがのサーシャもこれには頭を下げるしかない。

「サーシャに甘くないですか?」

「私は別にサーシャに甘くしているつもりはないさ。皇族に忖度はしているけれど」

 にやりとハダルは口の端を上げる。

「私の許可を取って来いということは、こちらに配慮してくださっているというだけのこと。殿下の本音は透けて見えている」

「……どういう意味でしょうか?」

 ハダルが何を言いたいのかわからず、サーシャは首をかしげる。

「お前はどう思う? リズモンド」

「ハダルさまのご推察通りとは存じます」

 仕方ない、というようにリズモンドはため息をつく。

「まあ、そうだろうねえ」

 ハダルは珍しくにやにやとした笑いを浮かべる。

「あの、ハダルさま、それなら私は出かけてもよろしいでしょうか?」

 レオンに許可が取れたなら、財務局のほうに顔を出せと言われている。ジム・ゼールとの会談は財務局の隣のカフェで行うとも聞いた。

 診療所の医師からの情報で、念糸の事件が解決に進むことはないが、もともと帝都の安全全体を守るのが親衛隊の仕事だ。臨時の診療所の閉鎖時期などの相談などもあると思われる。

「ああ、かまわん。ただ、アーネストには声をかけて行け。ずっとお前のフォローをしていてくれたのだから」

「承知いたしました。では失礼いたします」

 塔に来ていなかったサーシャの代わりを務めてくれた同僚に礼を述べるのは当然だ。

 サーシャは頭を下げた。



「やあ、アルカイド君。本当に来たんだね」

 財務局の入り口に行くと、レオンが待っていた。

「ひょっとしてお待たせしてしまいましたか?」

「いや、今来たところだ。君ではなく、マーベリックを待っていたところだ」

 レオンの隣にいるマーダンの肩が少しだけ震えている。

 ひょっとしたら、そうはいっても待っていてくれたのかもしれない。

「ルーカスに怒られはしなかったか?」

「特には。私の目がお役に立つこともあるだろうとは、言われました」

「ルーカスには、借りっぱなしだな」

 レオンはため息をつく。

「君がいないと、宮廷魔術師の業務も滞るだろうに」

「それが、そうでもないのですよね」

 サーシャは苦笑する。

 サーシャでなければ困るという仕事は、実はあまりない。

 当然同僚の仕事負担は増えるだろうから、迷惑はかけている気はするが。

「殿下、お待たせをしました」

 声に振り替えれば、ロイド・マーベリックだった。

 以前からひょろ長い印象はあったが、さらに痩せたようだ。

 祭司のローブでなくて、ベストとズボンにジャケット姿のせいか、ずいぶんと印象が違う。

 態度も声の調子も、前のような自信たっぷりな雰囲気はなくなって、腰が低い。

 罪を犯し、神殿から追放され、しかもまだ保護観察処分中だ。若くして祭司を務めていたころと同じではおかしいが、やはり別人のように見える。

「財務局の会議室を借りております。そちらへまいりましょう」

 マーダンが先導し、レオンとサーシャ、マーベリックと部屋に入った。

 役所の会議室なので、実に簡素なつくりだ。木の机といすが並んでいるだけで、装飾品の類は何もない。

 レオンは全員に座るように言ったが、マーダンだけは、扉の前にそっと立った。

 念のため、窓は閉め、魔道灯をつける。サーシャはマーダンと目配せをして、部屋に軽く結界を張った。

 盗み聞きされる危険と、安全を考えてのことだ。

 レオンもさることながら、場合によっては、マーベリックが狙われる可能性も否定できない。

「それで、私に何をお聞きになりたいのでしょう?」

 マーベリックが口を開く。

「まず、神殿の人間で、黒魔術の研究などを行っているという噂を聞いたことはないか?」

「黒魔術ですか」

 マーベリックの顔に嫌悪の色が浮かぶ。その表情は、聖職者としての気持ちがまだ残っている感じがした。もっとも、彼は信仰を捨てて、追放されたわけではない。

「ご存じの通り、黒魔術は禁忌ですが、我ら神殿では、その魔術に対抗できるのは、『神の力』にしかないと言いはる一派が少なからずおりました」

「具体的に名前を言えるか?」

「あくまで、噂ですが、ルクセイド・ハックマン祭司はかなり、研究しているという話でした」

 マーベリックはほんの少しだけ声を低くする。

 大祭司の一派の一人だ。もっとも最大の主流派ではない。

「ただ、研究しているから悪いというものでもありません。研究しなくては、何かあったときに対応できないのは事実ですから」

 脇からサーシャは口をはさむ。

「塔の資料は、ほぼ禁書扱いで、普段読むことがかないません。そのせいで即座に対応できる宮廷魔術師がいないのも事実です」

「難しい話だな」

 レオンはわずかに肩をすくめる。

「ところで、君が、アリア・ソグラン嬢が聖女になることを反対していた理由だが、巫女への同情だけだったのだろうか?」

「そのお話は、何度も」

 マーベリックは困ったように目を伏せる。

「君は、神殿に追放された。義理立てする必要はもうないのではないか?」

 レオンはマーベリックの顔を覗き込む。

「義理立てでも、大きな理由があるわけでもありません。ただ、私はソグラン家に莫大な金が流れるのが嫌だっただけです」

 マーベリックは、大きくため息をついた。




 

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