念糸 16
会議室に集まったのは、サーシャとリズモンド、マーダンに、カリド、そしてレオンだ。
思ったより塔からリズモンドが帰ってくるのが遅くなったため、すでに夕刻が近づき、日が斜めに差し込んでいる。
「結論から申しますと、『信仰への恭順』そして、『不安の増幅』、『運命の相手の暗示』です」
リズモンドが口を開く。他にいくつか細かな術はあるものの、大きな意味を持つのはその三つらしい。
「運命の相手?」
レオンが片眉をあげる。
「それは具体的に、誰とか指定できるものなのか?」
「そこまでの精度はないですね。意図はしていたのかもしれませんが、像を結べるほどではありませんでした。ただ、神を強く印象付ける相手のようですね」
リズモンドが肩をすくめる。
「正直、これは、十中八九、『神殿』でしょう。まさか黒魔術を使って、信仰を煽るとはさすがに意外でした」
「ということは、運命の相手は」
「間違いなく、アリア・ソグラン伯爵令嬢でしょう」
リズモンドは珍しく断言する。
「彼女自身が関与している証拠は全くありませんが、何者かが、皇太子殿下のお気持ちを彼女に向けようとしているのは間違いございません」
もともと神殿は、強引にアリアを婚約者候補にねじ込んできている。
皇太子自身は、受け入れてはいないが、蹴ることもできていない状況だ。
「実際問題として、どの程度の効果を得ることができそうなのでしょうか?」
マーダンが口を開く。
「そうですねえ。もともとの術の完成度が非常に低いので、おまじないより効果がある、という程度だとは思われますけれど」
リズモンドは溜息を吐く。
「ただ、なんというか、この術の取り合わせは、もともと信仰心の厚い殿下の場合、かなり効いてくる可能性も高いです」
どんな術にせよ、術効果は、個人差が出てくるものだ。
今回の術は信仰心の全くないレオンやサーシャの場合なら、ほぼ無効だろう。が、マルス皇太子はそうではない。
もともと神殿の主張に弱いところがある。兄弟でこれだけ信仰に温度差があるのも不思議だが。
「となると、やはり、兄上の部屋に持ち込んだのは神官の線が強いな。カリド、そちらの方はどうなっている?」
「現在、聞き取り調査中です。何しろ、神殿側があまり協力的ではないので難航しております」
カリドは肩をすくめてみせる。
「キンブル製糸商会にも、神殿関係者が絡んでいるのは間違いないので、そのあたりを突破口にしていきたいと思っておりますが」
「真っ黒である以上、協力的なはずはない。大きな証拠をつかまないと、なかなか無理だろうな」
レオンは首を振る。
「それにしても、どうしてそこまで、アリア・ソグラン令嬢を皇太子妃にすることに、こだわるのでしょうか。確かにエドン公爵家が皇太子妃になれば、大貴族派が優位に立つのは間違いないでしょうけれど、エドン家とて信仰がない訳でもないですし」
アリア・ソグランは光の聖女。広告塔にもってこいなのは、サーシャも理解している。
「皇太子妃にこだわり続けている方が、まだ健全だと思うぞ」
リズモンドがあきれたような声を出す。
「例えば、レオン殿下にソグラン嬢が嫁ぐとなると、さらに政情がおかしくなる」
「ええと、つまり神殿が殿下を担ぐと?」
「……それは勘弁してくれ」
レオンが大きくため息をつく。
「可能性はともかく、幸か不幸か、私は神殿の連中に嫌われていて、間違っても私を担ごうとは思わないだろうから」
「ええと。それでしたら、ラビニアさまがレオン殿下とご結婚して、エドン公爵が、レオン殿下を担ぐ可能性ならあるのですか?」
サーシャの問いに、なぜか空気が固まった。
レオンの眉が微妙に不機嫌そうに動く。
「神殿が私を担ぐよりはあるとは思う」
ぼそりと、レオンが答える。
「ただ、それはあり得ない。兄上とラビニアは相思相愛だ。ラビニアは兄上と結婚しないなら、皇族と結婚はしないだろう。それに私は玉座に興味はないし、向いてもいない」
レオンの言葉はどこかイラついているようだ。よほど兄の婚約相手と自分の組み合わせが不快だったのかもしれない。
レオンはラビニアとも皇太子とも良い関係で、そのために自身をかなり厳しく律している。
あまりにも無神経な喩え話だったのかもと、サーシャは反省した。
「ご興味はないでしょうが、向いてはいると思います」
リズモンドがコホンと咳払いをする。
「もちろん、けしかけるつもりなどは毛頭ありませんけれど。殿下は非常に優秀な方でいらっしゃいます。殿下が意図して目立たぬようになさっているのは承知しておりますが、必要以上に周囲に過小評価されているように思えてなりません」
「私の話はどうでもいい」
レオンが首を振る。照れているという訳でもなく、心底どうでも良いと思っているようだ。
皇帝の座も、名声もレオンは、今の立場以上のものを本気で欲してはいない。レオンはただ、謎を解きたいだけなのだ。
「そうだな。アルカイド君の言う通り、ソグラン嬢に何かあるのかもしれないな」
「殿下?」
「ソグラン家を調べてみよう。彼女は光の加護を得ている以上に、神殿と繋がりが強いのかもしれない」
「承知いたしました」
マーダンが丁寧に頭を下げた。
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