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魔眼の宮廷魔術師は眼鏡を外し、謎解きを嗜む  作者: 秋月 忍
第三章 念糸

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念糸 14

 結局、安全性を加味した結果、テントの周りの警備を強化しなおしてから、男を起こす。

 男の名はトム。もともとはそれなりに裕福な商家の三男坊だそうだ。

 最初は言い渋る様子を見せていたが、親衛隊に囲まれて覚悟を決めたらしい。

 ゆっくりと、質問に答え始めた。

 魔力は昔、神殿で少しだけ訓練をしたことがあるらしい。

 実力としては中の下。平民としては高い方だ。

 とはいえ、魔力を必要とする仕事にはつけるが、魔力で食べていけるほどではない。

 男は実家を出た後、よその商家で働いていたが、一度体を壊して貯蓄を食いつぶしてしまい、デイバー通りの安住宅に移って来たらしい。

「体は治ったのですが、デイバー通りに住んでいるというだけで、なかなか良い仕事はもらえなくなりまして」

 男はぽつぽつと話す。

 デイバー通りの人間がみんな家無しというわけではない。だが、『手癖が悪い』のではないかという、『偏見』はどうしてもあるようだ。

「そんな時、商工会さんの方から紹介していただいた仕事だったのです」

 職場は、商工会のすぐそばにある、簡易宿泊所の隣だ。

「簡易宿泊所から通う者もおりました。もちろん私のような『通い』の者も多かったですけれど」

 働いているのはトムを含めて二十人程度。日雇いだったので、出入りは激しかった。

「お金は日払いで、仕事はそれほど難しくありません。体調を少し崩しがちで人の入れ替わりが激しい場所でしたけれど、給金は相場の倍近くありました」

「つまり、いくらでもやりたい人間はいたと?」

 レオンは静かに問いかける。

「はい。ただ、誰でもというわけではなく、魔力審査がありました。魔力がなくてもできる仕事もあるようでしたが」

 トムは大きくため息をついた。

「私は十五日ほど働きましたが、病にやられました。残念ながら、行けなくなっている間に、あの職場は閉鎖されてしまったようでして」

「会社の名前はわかるかね?」

「ええと。たしかキンブル製糸商会でした」

「マーダン?」

「存じません。大きな商会ではないでしょうね」

 脇に立っていたマーダンが、レオンの問いに答えた。

「商工会の紹介ということは、商工会には入っているのだろう」

「おそらくは。直ちに確かめさせます」

「ああ、頼む」

 トムはレオンとマーダンの会話を怯えるような目で聞いている。

「君が心配するようなことではない。特に法に反していることをしたわけでもないのだから」

 レオンは何でもないことのようにトムに話す。

 ただ。

 親衛隊に周囲を取り囲まれての質問は、事件性を疑うなという方が無理だ。

「殿下、差し出がましいことを申し上げますが、ここは本当のことをお話になられた方がよろしいかと」

 サーシャは口を開く。

「アルカイド君?」

「このデイバー通りを襲ったこの疫病騒ぎは、おそらくその製糸商会の仕事が原因で起こっています」

 サーシャはトムに向かって話を始める。

「製糸の作業そのものは違法行為ではありません。ただ、一連のこの病気はその製糸作業によって出た毒からもたらされたと考えられます。それゆえに、我々はお話を聞いているのです」

「おい、サーシャ」

 リズモンドが険しい顔をする。

「雇われた者の多くが体調を崩しがちだったのは、そのせいです。給金が他より高めだったのも、ある程度の健康被害があると加味したものだったのでしょう」

「それでは」

「もっとも、ここまで重篤なことになるとは考慮していなかったとは思います」

「……そう、なのですか?」

 トムは首をかしげる。

 その疑念は、サーシャの話が信じられないのか、それとも、ここまでの被害を出すことを想定しなかったことに対してなのかはわからないが。

「あの糸は、そんなに危険なものだったのでしょうか?」

「糸そのものが危険ではありません。あくまでも糸を作る工程ででる『毒』が問題なだけですから」

 サーシャは言い切る。

 実際には、念糸は術具であり、けっして無害ではない。

 念糸に念を込めた『トム』は、意図はしていないものの、皇太子に対して術を施そうとしたことに加担している。

 本来ならば、十分、法の裁きを受けさせねばならないが、何も知らずに加担した末端だけとらえても、何の解決にもならない。

「私たちは、病にかかった人たちの速やかな回復のためにも、その『毒』がなんだったのか、商会に問いたださなければいけないのです」

「それから、なぜこのような街中で作業をしたのかと、作業員に説明もなかったのはなぜかと問いたださねばならない」

 レオンがさらに付け加える。

「そう……だったのですか」

 トムは少しだけ得心したらしい。

 その後、連絡先などを聞いたあと、彼は帰っていった。

 その姿を見送りつつ、リズモンドがため息をついた。

「相変らず、お前は勝手な奴だな」

「ああ言っておけば、彼は雇用者に変な忠義を感じたりしません」

「確かに、アルカイド君の言うとおりかもしれない」

 レオンは大きく息をつく。

「もっとも、仕事にたとえ疑問を持っていたところで、大金をくれる相手であれば、恩義を感じることもあるだろうが」

「死にそうな思いをしてもでしょうか?」

「金がなければ、病気でなくても死は身近だよ。デイバーはそういうところだ。アルカイド君」

 レオンは少しだけ肩をすくめて見せた。



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