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魔眼の宮廷魔術師は眼鏡を外し、謎解きを嗜む  作者: 秋月 忍
第三章 念糸

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念糸 12

「しかし、寄せ集めの人間で念糸に力を付与することなど、不可能なのでは?」

 マーダンが顔にしわを寄せた。

 もし、サーシャの言う通り『訓練所』で作業をしているとなれば、その人間たちは魔力はあったとしても完全な素人だろう。そんな素人に黒魔術を施すことは可能なのかという疑念は当然だ。

「念糸に力を付与するときはおそらく魔道具を使っているのでしょう。それならば、術そのものは使えなくてもいい」

 リズモンドが解説をする。

 魔道具を動かす力をそのまま魔術に変換する技術は、生活道具に数多く存在するが、『付与』という形も実は可能だ。むろん、直接付与するより、効率が落ちてしまうので、あまり実用化されていない。それに、その道具を作るのには、それなりに莫大な資金と技術が必要なことも一因だ。

「呪文の内容が分かる必要もありません。適性のある人間が、道具で糸を紡ぎ、撚るだけいい。そのあとの、編む作業は、さすがに呪術の知識が必要ですが」

「ハダルさまがおっしゃるには、もともと念糸の研究は大量生産化も睨んで行われており、力を付与する道具についての研究もかなり進んでいたとのことです」

 それがかなわなかったのは、アルハラの毒性と、作業の危険性、そして何より、完成しても他の魔力の影響を受けやすいというデメリットを克服できなかったからだ。

「エドランではまだ研究が続いているという噂もあります」

「また、エドランか」

 ふうっと、レオンはため息をついた。

 エドランは合成獣をはじめ『黒い』魔術の研究が盛んだ。

 むしろ、国が推奨している傾向すらある。そうして、そういう技術を欲しい人間はいくらでもいるのだ。

「ところで、患者の数の方は落ち着いてきたと聞いているが、どうだね?」

「少なくはなりましたね。新たな発症はあまり見られなくなりました」

 グランドールが苦笑した。

「親衛隊がこの辺りを警備してくださるようになってから、明らかに減りました。衛生状態の改善も見られますから、一概には言えませんけれど、『毒物』である可能性が高くなったと思っております」

 親衛隊が来るまでは、医師や看護師の中にも、体調を崩すものがいたらしい。

 いずれも軽度だったようだが。

「ここの付近は、比較的、患者が少ない場所ですね」

「住宅が少ないせいもあるでしょう。ここを診療所にしたのは、それも理由でした」

 グランドールはそっと肩をすくめる。

「我々も、デイバー通りの一番劣悪な場所で治療は、したくありませんから」

 診療所を作るにはスペースがいるし、患者を治療するには、それなりの環境が必要だ。

 何より、働く医師らの『安全』もある程度、確保する必要がある。

「重度の患者は、何人ほどですか?」

「国の診療院に入院したものは十名ほどでしょうか。なにぶん、強制的に入院させても、勝手に退院したりするのでねえ。今もいるかどうかは、私自身は把握しておりません。ただ、働かなければ明日の住処もない者がほとんどですから、やむを得ないかと」

 グランドールの表情は苦い。

 一応、国から医療費の補助は出るのだが、デイバー通りの人間は、そういった制度を知らなかったりする。また、犯罪歴があることも多いため、役所との交渉事は避ける傾向が高い。

「疫病でないのなら、まあ、勝手に逃げ出してもそれは、本人の問題ですから、いいのですけれどね」

「疫病だったら、問題ですね」

 グランドールの言う意味はサーシャにもわかる。

「まあ、正直、疫病だったとしたら、この区画を丸ごと閉鎖してしまうことも国の政策としてはあるのかもしれませんが」

「帝国はそこまで非道ではない」

 サーシャの言葉に、レオンは少しむっとしたようだ。

「非道ではないから、診療院がここにあるのです。それは、私もわかっております。ただ、それくらい思い切った方策をとらなければ、ここの住人を病院にとどめるのは難しいと思っただけで」

 サーシャは苦笑した。

「何が言いたいかと申しますと、どの程度、患者への聞き取り調査が済んでいるかということを知りたかったのです。特に重篤な患者は、『原因』の近辺にいた可能性が高いと思われます」

「……つまり、重篤な者ほど、作業現場にいた人間だと、アルカイド君は言いたいわけだな」

 レオンは大きく息をついた。

「事の発端は、このあたりで死者が立て続けに十名ほど出たことです。こちらの診療所ができる前のことなので、はっきりとした調査はされておりません」

 グランドールが地図上を指さす。位置は、商工会の場所の近くだ。

「こちらの診療所ができてからの調査によれば、ごらんのとおり、デイバー通り全域で患者は発生しております。いずれもピークは過ぎたように思います。現在来る患者の多くは、以前から患っていながらも、診療所のことを知らなかったり、来ることをためらっていたりというようなことが多いようですから」

「リズモンド君、アルハラの毒は、どの程度の期間影響を与えるものなのかね?」

「大気中に留まる期間はそれほど長くないかと。水に溶けた毒の方は薄めない限り残るでしょうが。いったん体内に取り込んだものについては、肺腑を破壊します。治るためには適切な治療と、本人の体力の問題もありますので、回復には個人差があるでしょうね」

「なるほど。残っているとしたら、『水』か」

 レオンの目が鋭い光を帯びた。

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