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魔眼の宮廷魔術師は眼鏡を外し、謎解きを嗜む  作者: 秋月 忍
第三章 念糸

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念糸 11

遅くなりました。

 設置されているのは、簡易式のテントで、軍の移動によく使われるタープテントである。

 ポールを立て、糸を張って固定して、天井を皮布で覆っているだけのものだ。一応は雨や日差しは防げるものの、風にはとても弱い。

 ここはあくまでも仮設の診療所だ。

 満足な治療もここではできないだろう。

 テントの中には魔道灯が吊るされていて、十分に明るい。

 中は、机やいすを始め、様々なものが雑多に置かれている。

「おや、殿下ではないですか?」

 乳鉢で薬草を擦っていた男が顔を上げた。

 ウイル・グランドールだ。

 国の疫病対策で作られた、診療所の中心は、国の診療院の医師だが、町医者であるグランドールも参加している。

 責任者は国の診療院出身のジム・ゼールだが、グランドールが中心になって診察している。

 もともと、ウイルの父、ディビット・グランドールは国の診療院を長く務めており、ジム・ゼールとウイルは旧知の仲だったため信頼が厚かったことと、また、町医者として数多くの症例を見ている判断力を買われているらしい。

 多忙を極めているのか、サーシャの記憶より、若干痩せている。

 生気はあるものの、髪も乱れぎみだ。

 ひょっとすると、信頼や信用という名目はあるものの、平民の医者ということで、こき使われているだけなのかもしれない。

「少しいいか?」

「はい。ミリア君、これをラックラー先生のところへ持って行ってください」

 グランドールは乳鉢をそのまま、傍にいた女性に渡した。

「あと、ゼール先生がいたら、殿下がお見えになっていると伝えて」

「承知いたしました」

 女性が去っていくと、グランドールはテントの脇に置いてある椅子をレオンにすすめた。

「こんなに遅くに調剤か?」

「炊き出しの時間に合わせて、患者がくるのですよ。以前に比べて、少なくなりましたが」

 グランドールは苦笑した。

「殿下こそ、このような時間にどうなさいましたか?」

 随分と気安いが、これはたぶん、レオンの意向だろう。

 レオンは形式ばったものを好まない。

「少し聞きたいことがあって来た」

 レオンは座らず、そのまま話しかける。

「患者がどこに住んでいたかの資料が欲しい。できれば地図で」

「ええと。少しお待ちを」

 グランドールは机の上を片付け、地図を広げた。

 地図は手書きのもので、デイバー通り周辺が描かれている。

 その中にたくさんの赤い丸が付けられているのが、患者の住居ということだろう。

 その赤い丸の横に日付が添えられていた。

「思った以上に広範囲ですね」

 サーシャも横から覗き込んだ。印はデイバー通りの区画にまんべんなくついている。時折、隣接するほかの区画にも患者が出ているようだ。

「もう少し、偏っているかと思っていました」

「この辺り、風が巻く傾向があるからな」

 リズモンドが肩をすくめる。

「あと、人間は動く」

「それは……そうですね」

 昼間の職場と、住んでいるところが違うのは当たり前だし、そもそも仮にアルハラを煮込んでいる時間が、一日中なのかどうかもわからない。

「どうかなさったのですか?」

 グランドールが首をかしげる。

「ああ。ひょっとしたら、毒は空気に放出されているのではないかと思ってな」

 レオンは鋭い目で地図を見ながら答えた。

「空気ですか」

 グランドールがあごに手を当てた。

「なるほど。ずっと水を疑っていたのですが、空気もあり得ますね。ここら付近は悪臭が常に漂っていますから」

 住民は既に慣れきってしまっていて、あまり気づかない臭いが、この通りには無数にある。

「予想どおりであるならば、ツンとした刺激臭を若干感じるはずです。それから、水が由来の可能性も残っていますが、その場合、廃液を飲み水にした場合でしょう。ただ、その場合の症状は呼吸器よりも、嘔吐や、皮膚が赤くなる症状の方が強く出るはずです」

「ここの住人たちは、臭覚に関してはかなりマヒしているところがありまして、そのあたりの聞き取りはあまり進んでおりません。ちなみに、井戸の使えない『家無し』の者の中には、排水を飲むようなこともあるようです」

 リズモンドの指摘に、グランドールは苦い顔をした。

「マーダン、この辺りは何がある?」

 レオンが指さしたのは、デイバー通りの端だ。

「そのあたりは、日雇いの仕事のあっせん所があるところですね」

 マーダンが答える。

「小さな小屋ですが、神官が簡単な職業訓練や文字を教えたりするとも聞いております」

「神殿の建物か?」

「いえ。あくまでも、商工会の建物です」

 マーダンが首を振る。

「建物の一部は、簡易宿泊所にもなっていて、政府から補助金が出ております」

「ふうむ」

 レオンは頷く。

「この辺りにやたら多いと思ったら、簡易宿泊所があるせいか」

「それだけではないのでは? 隣接する区画に患者がいるみたいですし」

 サーシャは地図を指す。

「デイバー通りは全域ですが、隣接する区画で発生しているはハナス通りだけです」

「ハナス通りは正直、デイバーの次に衛生環境が悪そうだなあ」

 リズモンドが眉を寄せる。

「あの商工会は、悪名高いですよ」

 グランドールがそっと肩をすくめる。

「あっせん料がバカ高くて、働いても、かなりの額を持っていかれてしまうそうです。簡易宿泊所には、無料で優先的に泊まれるという利点はありますが」

 一度、その生活を余儀なくされると、二度とそこから這い上がれなくなると言われているらしい。

「突然、話は変わりますけれど、一般的に魔力を持つ人間は貴族に多いと言われておりますが、平民で魔力を持っている人間はどれくらいいるのでしょう?」

 サーシャは首をかしげる。

「訓練が必要なほど高い魔力を持つ平民はまれだけれど、全く魔力のない人間ばかりというわけでもありません」

 グランドールは苦笑する。

「私も平民ですが、多少なりとも魔術が使えます」

「グランドールさんを基準に考えると、相当な使い手がたくさんいることになりますが」

「そんなことはないだろうが、そうか。訓練所か」

 レオンはサーシャの顔を見る。

「つまり、訓練の一環で、作業をやらせた可能性があるとアルカイド君は思っているのだな」

 レオンの言葉に、サーシャは静かに頷いた。


 

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