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魔眼の宮廷魔術師は眼鏡を外し、謎解きを嗜む  作者: 秋月 忍
第三章 念糸

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念糸 10

 デイバー通りは盛り場の裏手にある、貧民街だ。

 バラック同然の安い集合住宅に住める人間は、まだ()()で、路上で生活している人間も少なくない。

 衛生環境も悪く、臭気が漂っている。

 帝国としてもこのようなスラム街があることは問題視しているものの、改善にはいたっていない。

 殺人、暴行は日常茶飯事。

 後ろ暗いものを背負っている人間が多いため、たとえ犯罪を目撃したとしても、役人に通報することはない。

 店舗も若干あるものの、真っ当な客がこの通りを訪れることは少ないだろう。

 日が暮れて辺りはすっかり暗くなっていた。

 表通りの喧騒が遠く聞こえている。酔っぱらいの鼻歌に、ヒステリックな女の声。

 人の気配は濃密に感じるけれど、親衛隊の馬車を見て隠れてしまったのか、辺りに人の姿は見えない。

 見えないが、見られている。

「それで、診療所はどこに作られているのですか?」

 いろいろな意味で居心地の悪さを感じ、馬車から降りたサーシャはマーダンに問いかけた。

「その先の広場です。なにぶん、馬車が入れませんので」

 マーダンの指さした方角にある道は、確かに人がやっとすれ違えるほどの道だ。

「暗いですので、足元にお気を付けください」

 街路灯のない通りで、周囲の建物から漏れてくる明かりも少ない。

「光玉を使ってはダメなのですか?」

 リズモンドがレオンに尋ねる。

「親衛隊の制服を見れば、襲ってくる馬鹿はいないでしょうし、その方がかえって殿下の御身は安全なのではないかと」

 こちらが貴族とみれば、追剥がやってくる可能性もあるが、相手が親衛隊となれば、話は違う。

 親衛隊を襲えば、それはもう反乱だ。

「控えめなやつをお願いできるか?」

 レオンはちらりとサーシャの方を見る。

 どうやら、過去のサーシャの光魔術のことを揶揄しているのかもしれない。

 影狼を追った時や、バルック子爵を捕まえた時の巨大な光玉をここで出したなら、おそらくこの区画すべてが真昼のようになるだろう。

「光よ」

 リズモンドが唱えると、ぽおっとした明かりが彼の指先に灯る。

「これくらいでいかがでしょうか?」

「助かる」

 頷くレオンに、サーシャとしては納得がいかない。

「……私にだって、光量の調節はできますが」

「お前は、いつもやりすぎるからな」

 リズモンドが苦笑する。

「殿下としても、警戒して当然だ」

「必要ないところで、派手なパフォーマンスをするなんて、非効率なことはしません」

 サーシャは思わず、頬を膨らます。

「ガナック君とアルカイド君は、随分と仲が良くなったのだな」

 思いもかけない言葉にサーシャはレオンの方を見る。

 もともと暗いし、見えたとしてもその表情はいつもと変わらないのだろうけれど、声からは感情が読み取れない。

「ガナック君は険のある言い方をしなくなった」

「それは、殿下に言われたことで、オレも反省をいたしましたから」

 リズモンドは軽く首を振る。

「まだ完全に負けたわけではないと思うので、できることをしようかと」

「そもそも私はハダルさまの後継になる気はないので、ライバル視する必要なんてないですよ」

 サーシャがそう言うと、先導していたマーダンがぷっと噴出したようだった。

 なぜか、その肩が震えている。

「誰と勝負をしているのか知らぬが、ライバルは多そうだな」

 レオンが頷くと、リズモンドはわずかにため息をついたようだった。

 それにしても、話が微妙にかみ合っていないように、サーシャには思える。

「リズモンドの敵になりそうな宮廷魔術師なんて、そうはいませんよ?」

 あえて言うならば、サーシャだが、サーシャには野心がない。

 そもそも人の上に立って、指導するなんて面倒なことはしたくないのだ。

「アルカイド君は聡明だが、少々、仕事が忙しすぎるのかもしれない」

 レオンは呆れたような口調だ。

 サーシャとしては、何を言われているのか全く分からない。

「違います。殿下。こいつは、仕事が好きすぎるのです」

「なるほど」

「ひょっとすると、殿下もそうではないかと、オレは思っているのですけれど」

 リズモンドの言葉に、レオンは目を見開いたようだった。

「殿下は他人の心が見えすぎますが、ご自身についてはわかっておられない。オレとしてはそのままの方がありがたいですが、フォローもしてもらってますから、恩は返しておきますよ」

「殿下がどうかしたのですか?」

 さすがに話の内容が見えなくて、サーシャは首をかしげる。

「見えてきました。あそこです」

 先導しているマーダンが指をさした先には、ちょっとした広場があった。

 火事よけに設けられている広場だが、いくつかテントが張られていて、ちょうど、炊き出しを行っているようで、たくさんの人間が並んでいた。

「炊き出しに出てきた人間に、病人がいないかなどを聞いているのです」

 毒の可能性があるなら、なおさら情報が必要だ。

 この地域で炊き出しをすれば、住人は必ず集まってくる。

「栄養状態の改善は、疾病の予防にもなりますからね」

 この広場周辺は、環境改善に取り組まれているのだろう。側溝などからの臭いはそれほどひどくない。

「親衛隊って、やることが多いのですねえ」

「……お前、自分が宮廷魔術師だってことを忘れるなよ」

 感心するサーシャにリズモンドが念を押す。

「アルカイドさんが来てくれたら、私どもは、非常に助かるのですけどね。ねえ、殿下」

「え、あ、ああ」

 レオンは珍しくぼんやりしたように、サーシャの顔を見つめたまま頷く。

「……私が、アルカイド君と一緒?」

「どうしました、殿下?」

「いや。グランドール医師のところへ行こう」

 レオンは何かを振り切るように首を振る。そして、奥にあるテントの方へと足を向けた。

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