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魔眼の宮廷魔術師は眼鏡を外し、謎解きを嗜む  作者: 秋月 忍
第三章 念糸

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念糸 9

 四人掛けの馬車に、リズモンドとサーシャ、そしてレオンが乗り込む。

 リズモンドとサーシャが並んで座り、レオンが一人で座る形だ。

「それにしても、ガナック君は、博識だな。念糸は研究対象ではないのだろう?」

「研究はしていなくても、興味はありますよ。念糸というのは、かなり画期的な魔術付与の形態ですから」

 レオンに水を向けられて、リズモンドが話始める。

 リズモンドの知識はかなり広く深い。知識だけで言えば、サーシャはとても彼にはかなわないのだ。

 サーシャに対する態度があまりにも幼稚だったため、つい忘れがちだが、ルーカス・ハダルの次席にふさわしいだけの知識量はあり、それはサーシャも認めている。

「魔術薬剤より、もっと簡単に身体強化をすることも可能ではないかと注目を浴びた時期もあったそうです」

「確かに、術を織り込んだ衣類などを身につければ、簡単に強化できるな。そう思うとかなり画期的な方法だ。服薬するより危険がない」

「はい。ですが、まあ、やはり万能というわけではありません」

 材料調達のほかにも、デメリットがある。魔術を吸収しやすいため、何かしら魔術に触れると、それを吸収して品質が変化しやすいのだ。

「それでも、材料調達や製造過程に問題がなければ、もっと盛んに研究されたでしょうけれど」

 リズモンドは肩をすくめる。

「アルハラは、帝国では数の少ない植物です。費用、手間、効果のことを考えると、メリットは少ないですね」

「手に入らないわけではないのだな?」

「南部の方ではそれなりに。帝都でも育てようとすれば育てられないことはないですが、なにぶん、食用にもなりませんし、魔術がのりやすいという特性以外に魅力のない毒草です。さらにアルハラが生えるとしばらく土中に毒が放出されるみたいで、ほかの植物が育たなくなります。そういった理由で、塔の薬草園でも栽培は見送られたと聞いております」

「糸をつむいだり、撚ったり、また編んだりと何回もに分けて、術が乗せられるのは、魅力的です。ただ、魔術以外の技術をかなり要求されるのが、難点でしょうけれど」

 サーシャも口をはさむ。魅力的なのは間違いないが、不器用なサーシャには、絶望的な方法だ。

 編み物も刺繍も絶望的な腕前のサーシャでは、糸を撚るのはともかく、文様を編み込むなんて、無理難題に近い。

「糸を撚る段階ならともかく、形あるものを制作する技術は、魔術の才能だけではなんともなりません。例の花瓶敷を形作った術者は、技術者として優秀かと」

 少なくとも、皇太子の部屋にあって、不自然ではなかったという点、正確に技術的なものは証明されている。

「魔術師として食えるレベルではないから、本業はそっちでしょうな」

 リズモンドも賛同する。もっとも、リズモンドなら、それなりのものを作ってしまいそうだが。

「事件についてだが」

 レオンは大きく息を吐いた。

「二か月前、デイバー通りで胸を病む人間が続出したことを受け、『疫病』として国が対策に乗り出し、診療所を開設した。現在は、少しずつ新しい患者は減ってきているようだ」

「親衛隊の調査が始まったのはいつからですか?」

「半月ほど前だな。あまり見ない症例で医師たちもなかなか意思統一がうまくいかないようで、いまだに未知の病だと主張する医師もいる。ウイル・グランドールが私を頼ってきたのは、どちらかというと、薬剤、薬草の不足を解消への協力を願ってのことだ」

 次々に増え続ける患者を前にした医師たちにとって、原因よりもまず、目の前の患者の症状を緩和させていく方が優先されるのは当然だ。

 それに、生体の反応は、同じ病でも必ずしも同じ症状とは限らない。

 呼吸器系の病への対処療法に効果があったため、原因究明よりそちらが優先された。

 薬剤、薬草の確保のために、レオンを頼ったのは、正解だった。

 手に入りにくい薬草のほとんどは、朱雀離宮の薬草園で栽培されていたからだ。

 ウイル・グランドールが、そのことを知っていたわけではなかったけれど。

「患者の数が減っているということは、親衛隊の捜査が始まったことで、製造を打ち切ったかもしれませんね」

 リズモンドが眉間にしわを寄せる。

「毒の出る製造工程そのものは、魔術ではありません。大気の毒に関しても、廃液に関しても、痕跡を探すのは難しいでしょう」

「それはやむを得ない。患者が増え続けるよりはいい」

 少なくとも疫病さわぎが終結するのは良いことだ、とレオンは続けた。

「待ってください」

 サーシャは首をかしげる。

「半月前に親衛隊が来るまで患者が増え続けていたということは、ひょっとすると、念糸は花瓶敷を作られた後も続いていた可能性があります」

 サーシャは指摘する。

 もし、花瓶敷が皇太子の部屋に置かれたのがサーシャが見つけた『当日』だったとしても、糸を作るための煮だしの工程はかなり前に終わっていたはずだ。

 そもそも、茎から繊維を取り出し、糸を撚り、編み上げるのに、いったいどれだけの日付がかかるのだろう。分業するにせよ、限界がある。

「そうだな。茎を煮る段階は最初の方の工程だ。そこから糸に魔術をのせながら撚るのには、ひと月以上はかかるだろう。一人ではないからもう少し短くて済むかもしれないけれど」

 リズモンドは息をつぐ。

「確かにサーシャの言うとおり、花瓶敷を制作した後も、念糸の製造は続いていた可能性が高いでしょう。ひょっとしたら、ほかにも作られているかもしれません」

「つまり、この一連の疫病が念糸の製造工程による毒物が原因だったとするなら、かなり長い時間、作業が続けられていたということだな。そして、兄上の部屋にあった花瓶敷一つではなく、組織的に念糸で『何か』を作り続けていたということか」

 レオンは眉間にしわを寄せ、あごに手を当てて考え込む。

 宮廷内のものは、かなりチェックが厳しいが、例えば、官庁などなら、既存のものとすり替えられてもわからないだろう。

 宮廷魔術師ですら必ず気づくと言えない程度の術だ。

 それこそ、レオンの朱雀離宮ですら、安全とは言えない。

「そもそも念糸そのものが、組織的に作られたと考えられます。東雲の時のように、どこかの工房で作られているのかもしれません」

 人の出入りが多い場所は、どうしても目を引く。

 それならば、最初から工房のように人を雇っていても不思議はない店をカモフラージュしている方が安全だ。

「それはそうだが、デイバー通りの辺りは、治安が悪い。表の看板と実際の職種が違うところなどざらにある。隣近所の商売ですら、わからない場所だ」

「いっそ、煙から魔素でも出ていれば、簡単ですけどね」

 サーシャが苦笑する。

 馬車は次第に盛り場の多い通りに出たようだ。けばけばしい光が道路を照らしている。

「アルカイド君に念のため伝えておくが」

 レオンがこほんと咳払いをした。

「デイバー通りは、若い女性が立ち入る場所ではない。親衛隊の人間がそばにいる以上、何もないとは思うが、けしからぬ輩が近寄ってくることもある」

「ええと、はい」

 サーシャは頷く。

 そんなことは言われなくてもわかっている。サーシャはそこまで世間知らずではない。

「中には、明らかな犯罪行為に気づくこともあるだろう」

 レオンは大きく息を吐いた。

「えっと。要するに、女だから気をつけろということですか?」

「違う。勝手に相手を捕まえようとせず、相談と報告をすること。君が危なくなるとは思わないが、親衛隊のいないところで宮廷魔術師の君が何かをすると、話がややこしくなる」

「要するに、突っ走るな、ってことだ、サーシャ」

 レオンの話を聞いて、リズモンドが苦笑する。

 どうやら、リズモンドもレオンの意見に賛成ということのようだ。

「ひょっとして、私、信頼がないのでしょうか?」

 サーシャは自分の実力も立場もわきまえているつもりだ。

 自分の力で切り抜けられないことに率先して飛び込む気はないし、目にした悪を決して許せないというほど正義感が強い方でもない。

 その評価は、さすがに不満だ。

「アルカイド君の実力はわかっている。心配はしていない」

 レオンはわずかに口の端をあげる──どうやら、笑ったらしい。

「心配はしてないけれど、信頼はされてないってことですか……」

 サーシャは大きくため息をついた。

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