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魔眼の宮廷魔術師は眼鏡を外し、謎解きを嗜む  作者: 秋月 忍
第二章 誕生会

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誕生会 14

「眠りの薬剤については、父が亡くなる半年前にようやくに成功したとあります。おそらくその時の無理がたたって、病に伏したのではないかと私は思います」

 ウィルはため息をつく。

「若い頃ならいざしらず、魔力薬剤を作るには魔力を消費します。まして自分が使えない魔術となれば、かなり無理をしたでしょう。我々医師は生物の不思議を探求する学者でもありますし、医者の不養生とも申します。父が、自分の健康を二の次にしてしまっても、少しも不思議ではないのですけれど」

 デイビット・グランドールは病死だ。

 だが、彼の人となりを知るウイルから見ると、研究が命取りになったと思えるのだろう。

「患者の病気をみるということは、それを治したいという社会的使命や倫理観などの他に、生命の神秘に触れる知的興奮がないとできません。少し聞こえは悪いですけれど、生命は個体差があって、絶対という言葉なく、だからこそ、その秘密に惹かれていくわけです。父は、その好奇心が少し他の医師より大きかったとは思います」

 ウィルは、研究方面に没頭していく父に対して、尊敬はしていたが反発心もあったようだ。

 診療院ではなく、街の開業医になったのもそのためだろう。

「旦那さま、お薬をお持ちいたしました」

 ノックの音とともに、使用人がトレイに三つの薬瓶を持って現れた。

 魔術薬剤だ。

「これが、父の作っていた魔術薬剤です。身体強化薬剤ばかりですけれど」

「こちら、お借りしてもいいかね?」

「どうぞお持ちください。正直に申し上げれば、私のところでは、あまり使いどころがないのですよ」

 身体強化の薬剤の効果はあくまで一時的だ。その時は良くても、体に負担がかかる。

 町医者を自認するウィルが使い道に困るのも事実だろう。

「父の形見と思い保管しておりましたが、もう五年も前の薬剤になります。処分をしていただいても構いません」

 期限切れの品なので、とウィルは付け足す。

 軍の薬剤も製造保証は二年間としている。製造されて五年以上たつというのなら、通常なら品質はかなり劣化しているはずだ。

 形見とはいえ、消耗品である。今まで区切りがつけられなかっただけというウイルの言葉は本音であろう。

「一つ見せてもらおう」

 レオンは薬瓶の一つに手を伸ばした。じゃらりと錠剤が音をたてる。

「アルカイド君」

 言いながら、それをサーシャに手渡した。

「どうだい?」

「失礼いたします」

 サーシャは眼鏡を外して、薬瓶のふたを開ける。

 筋力強化の薬剤だ。

 五年も前に作られたというのに、しっかりと術の効力が残っている。そこにある魔素は眠りの薬剤のものと酷似しているようだ。

 瓶の密閉性も良かったのだろう。保存状態はとても良い。

 もし劣化してこの濃度になったのだとしたら、製造当時はかなり強すぎる効力を持っていた可能性もある。

「どう思う?」

「はっきりとは申し上げられませんが、同じ人間が作った可能性が高いかと。なんにせよ、五年以上前に製作されたとは思えません。術者としても、製薬の技術者としても、超一流でいらっしゃったのでしょう」

 詳細は研究室に持ち帰って比較検討する必要はあるが、まず間違いないだろう。

 医師としてどうだったのかはサーシャにはわからないが、少なくともディビット・グランドールという人物は魔術薬剤を作るプロフェッショナルだったことに間違いない。

「ふむ。ガナック君はどう思う?」

「自分には、サーシャほどはっきりエーテルが見えるわけではありませんが、高い魔力を保っているように見えます。薬剤そのものの品質も一定しているようですね」

 サーシャから瓶を受け取ったリズモンドは、手のひらに錠剤をのせ、ゆっくりと観察する。

「七十歳まで診療院にいたというのは、医術の腕もさることながら、この製薬技術を買われてのことではないでしょうか。軍の製薬部門にもこれほどの腕の方は滅多にいないと思います」

 そもそも、魔術薬剤そのものがマイナーなのだ。

 その技術者は数えるほどしかいない。

「なるほど。それほどまでに、この薬剤は優れていると?」

「はい。正直に申し上げれば、二年まで持つと言われている薬剤でも、効果は落ちると言われております。製作から五年以上たっても、ここまでの力を持つというのは、脅威ですらあります」

「アルカイド君もそう思うかい?」

「はい。リズモンドがそういうのであればそうなのでしょう」

 サーシャも頷く。

 サーシャは魔術薬剤にそれほど詳しいわけではない。リズモンドが脅威というのであれば、それは脅威なのだろう。人間性に問題はあっても、リズモンドの実力には問題がないことをサーシャは知っている。

「眠りの薬剤はここにあるのかね?」

「いえ、それは、診療院の方にお渡ししたと思います。持っていてもうちでは使いませんから」

 レオンの質問に、ウイルは答える。

「ただ、父の研究ノートを見る限り、『適量』を予測するのは難しそうでした。診療院でもきっと使いどころに困って廃棄していてもおかしくないと、私は思います」

「……なるほどな」

 レオンは顎に手を当てる。

 デイビット・グランドールの製作した薬剤は、人体による実験までたどり着いてはいなかったようだ。

 ラビニア・エドンに薬剤を投与した人間は、効力がどのくらいかわかってしていたのだろうか。

「殿下?」

「アルカイド君、ガナック君。すまないが、思ったより事件解決には、時間がかかりそうだ」

 グランドール家を辞して、馬車に乗り込む前にレオンは二人に謝罪する。

 宮廷魔術師の二人を、長期にわたって親衛隊に出向させることに、気がひけるのだろう。

「お気になさらず。最後まで殿下にお付き合いいたしますので」

 サーシャが頭を下げると、隣でリズモンドが不満そうな顔を浮かべる。

「リズモンド、あなたは忙しいなら、帰れば?」

「……そんなことは言っていない!」

 リズモンドは口をへの字にまげ、顔をそむけた。

 口に出してはいないけれど、不機嫌さが表情にあらわれている。

「アルカイド君」

 レオンがコホンと咳払いをした。

「彼は出向そのものが嫌なのではなく、君を親衛隊に引き抜かれるのではないかと恐れているのだ」

「殿下!」

 リズモンドが声をあげる。図星なのか、興奮しているだけなのか、サーシャにはわからないけれど、顔が真っ赤だ。

「ガナック君。言っておくが、私からのフォローはこれっきりだと思ってくれ」

 レオンはリズモンドに目をやって、小さくため息をついた。

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