誕生会 1
夕日の残光が大きな窓ガラスから差し込んでいる。
明かりを灯さなくても、昼間なら外のように明るいと呼ばれる『光の間』だ。
「サーシャ、それが終わったら、そろそろ着替えてきなさい」
ルーカス・ハダルが声をかけてきた。
サーシャは脚立にのったまま、後ろを振り返る。
「時間ですよ」
「そんな時間ですか?」
サーシャは首を傾げた。今、サーシャは、この広い会場の壁面にかけられた魔道灯に明かりを灯している。地味に魔力を使う仕事だ。
天井近くのシャンデリアについては、既に他の魔術師によって灯されていた。
この『光の間』は外光がたっぷり入ってくるので、他の室内と比べて、時間を錯覚しやすい。
「仕事が鈍いぞ、サーシャ、手伝ってやろうか?」
サーシャは無言で脚立から降りて、目の前にいた同僚を睨む。白い服に金糸の刺繍の入った宮廷魔術師のローブを着ている。リズモンド・ガナックというこの男は、事があるごとにサーシャに絡む。
「だいたいお前、何だよ、そのダッサイ格好」
サーシャは動きやすいシャツにズボンという作業に適した格好だ。
「私が許可をしたのだが、何かね? リズモンド」
声が聞こえたのだろう、ハダルが割って入ってきた。
「脚立での作業に、制服は向いていないのは事実だからね」
「そもそも脚立なんかを使うというのが──」
「非効率だというのなら、なぜ、サーシャにその仕事を割り振ったのかね? 君の身長なら楽に作業が可能だったというのなら、次回からは君がやるべきだね。彼女が出向していないのをいいことに、壁面の魔道灯の点灯を彼女一人に割り振ったのは、君だと聞いているが?」
ハダルは肩をすくめた。
「実際、サーシャの魔力量ならこれだけの魔道灯の点灯は一人でできるだろうし、そのことを責めているわけではない。だが、本来なら、三人ほどで当たる仕事だ。君が割り振った仕事を文句も言わずに引き受けたサーシャに、言うことではないのでは?」
ハダルの言葉に、リズモンドは悔しそうな顔をして、サーシャを睨む。
サーシャは思わずため息をついた。
リズモンドは、ルーカス・ハダルの信奉者だ。そして、サーシャを嫌っている。
少なくともリズモンドから見ると、サーシャはハダルに取り入って、媚びを売っているように見えるらしい。
ハダルがサーシャを特別視しているのは事実だが、それはサーシャの実力だ。
それに『お気に入り』だから優遇してもらっているということは、全くない。むしろこき使われている。
特に親衛隊への出向は、リズモンドのプライドを痛く傷つけたらしい。
サーシャ・アルカイドがルーカス・ハダルの代理として親衛隊に出向したということは、つまり、宮廷魔術師の次席がサーシャだということになる。
実際、親衛隊の求めていた『魔素を視る力』に関して言えば、サーシャはハダル以上ともいえるのだから、サーシャが選ばれたのは、『任務』の性格を考えれば当たり前のことだ。それ以外の能力に関しても、ハダルには劣るにせよ、文句のない実力を持っている。
リズモンドは、サーシャより二つ上に当たるから、自分の方が『先輩』だという自負があるのだろう。
──また、ハダルさまは目端が利いて、時々正論で諭すから余計にそうなのよね。
ハダルは上司として優秀で、こうした小さな嫌がらせに気づき、きちんと注意をする。
が、一度曇りまくったリズモンドの目は、サーシャがハダルに泣きついたように見えるのだろう。
──そんなに気に入らないなら、実力で越えていきなさいよ。
とは、思うが、それを言ったらさらに関係が悪化することくらい、サーシャにもわかる。
「時間がないので、着替えて参ります」
サーシャは脚立を抱えて、頭を下げて踵を返す。
「おい、待て。サーシャ」
「何でしょうか?」
追いすがってきたリズモンドをサーシャはうんざりした気持ちで振り返る。
「悪かったよ。脚立はオレがしまっておく」
「それはどうも」
珍しいことがあるもんだと思いきや、ハダルがこちらを見ていた。どうやら、点数稼ぎってことなのだろう。
「お前、死神皇子に気に入られたって聞いたが?」
「別に。与えられた仕事を全うしただけです。その二つ名は不敬ですよ。少なくとも宮廷魔術師の私達が使う言葉ではありません」
「ふん。無表情のお前でも、皇子さまには弱いってか?」
リズモンドは肩をすくめる。
「強い、弱いで言えば、あの方はとてもお強いでしょう」
言われた意味を正確に把握しながらも、サーシャはすっとぼけた。
だいたい、無表情という称号は、サーシャより、レオンにこそふさわしい。サーシャはレオンよりは、表情筋が発達しているはずだ。
「それほどまでに気になるのでしたら、次に出向のお話があったら、私よりあなたが行くべきだとハダルさまに申し上げますよ」
「何を」
「それでは私は着替えて参りますので。脚立をよろしくお願いいたしますね」
サーシャは口元だけ笑みを浮かべ、『光の間』を後にする。
リズモンドはサーシャの言葉に面食らっているようだった。
そもそも、同僚が何を考えているのか、サーシャにはさっぱりわからない。
ルーカス・ハダルを尊敬しているのはわかる。
ハダルの代理にサーシャが選ばれたのが妬ましいのもわかる。
嫌がらせをしたい気持ちもわからなくはない。
だが、なぜ、ハダルにわかる形でするのか。頭が悪すぎるのではないだろうかと思う。
優秀な宮廷魔術師というのなら、嫌がらせをするにしてももう少し賢い方法というものがあるだろう。
「そこまでアホとは思わないんだけどな」
宮廷魔術師になったばかりのころは、リズモンドは良き先輩だった。
サーシャの実力を知るまでは。
「まあ、アホだから助かっているのは事実かな」
サーシャは小さくため息をつく。
廊下の窓から差し込む光は、かなり弱くなりつつあった。
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