鳳凰劇場 26
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「ところで、ケルトスの護送中、彼女を狙った魔術攻撃があってね」
レオンは泣き崩れたままのマーベリックに話しかける。
「優秀なアルカイド君のおかげで、事なきを得たわけだが」
レオンは、まるでケルトスが無傷だったかのような口調で話す。
マーベリックは肩を震わせていたが、その話には関心がないようだった。
「アルカイド君、眼鏡を外してその魔眼で、マーベリックを視てくれたまえ。それではっきりするだろう」
レオンは大袈裟に、サーシャが魔眼持ちであることを強調する。
マーベリックの様子に変わりはない。
「わかっています。私には必ずわかりますから」
言いながらサーシャはゆっくりと、眼鏡を外した。
そして泣き崩れたマーベリックに歩み寄る。
そして、その瞳を見せつけるようにマーベリックの顔を正面から見つめた。
「何を?」
マーベリックの顔はやや引きつり気味だが、暴かれる何かを恐れているという感じではない。
それに。ケルトスを襲った魔力の色とは明らかに違うようだ。無論、断定はできないが。
「どうだ?」
レオンはサーシャに問う。
「違うと思います」
「そうだな」
サーシャの答えに、レオンも同調するように頷いた。
「なんにせよ、影狼の首魁と親しくしていたのは間違いない。ゆっくり離宮で話を聞こう。マーダン」
「……影狼」
マーベリックの顔が青ざめる。
どうやら、ケルトスが影狼であることを知らなかったようだ。
「知らなかったのかね? 知らなければ、許されるわけではない。責任は取ってもらう」
にやりと笑うレオンに、マーベリックは声も出ないようだった。
「終わりませんでしたね」
マーダンに連れて行かれるマーベリックの背をみながら、サーシャはため息をつく。
「まあ、影狼の黒幕がこんなに簡単に見つかるわけはないさ」
レオンは肩をすくめる。
「なんにせよ、エドン公爵家の無実は証明できた」
「そうですね」
噂は簡単に消えないかもしれないが。
「とりあえず、私は宮廷に戻ってもよろしいですよね?」
「ああ。アルカイド君には大変世話になった」
レオンは、破顔一笑した。
いつもは強面の顔が、柔らかな春の日差しのように変わる。
予期せぬことに、サーシャの心臓が激しい音を立てた。
「い、いえ」
サーシャは慌てて顔を背ける。
死神皇子の笑みは、心臓を殴りつけるような破壊力だ。
──さすが、死神。笑顔で人を殺せるなんて、なんて恐ろしい。
サーシャの心臓はまるで破れてしまいそうである。
「……どうかしたのか?」
レオンはサーシャの顔を覗き込んだ。いつの間にか、その顔はいつもの無表情に戻っていた。
「いえ。なんでもありません」
サーシャは慌てて首を振った。
サーシャは宮廷の離れにある自分の研究室に戻り、報告書を書いていた。
出張をしていた時にした仕事の報告など聞いてどうするのか。そんなものは、宮廷魔術師の仕事には全くかかわりがないはずなのに、とサーシャは思う。
仕事をしたかどうか確認するなら、出向先に聞けばいいはずだ。サーシャはさぼっていたわけではない。
「あー面倒だわー」
「真面目に書きなさい。サーシャ」
サーシャが不平の声を上げると、それをたしなめる声が降ってきた。
「ハダルさま?」
「ノックはしたからな」
呆れたという顔をしていたのは、ルーカス・ハダル。サーシャの上司である。
最年少で首席宮廷魔術師に任命された男だ。今年で三十歳。色素が薄く、髪は白く、目は赤い。
整った顔立ちだが、女性のような柔弱な印象を受ける。
もっとも彼は、この国最強の魔術師だ。
「どうだった、レオン殿下の印象は?」
ハダルはサーシャの書いていた報告書を覗き込んだ。
「有能な方ですね。不愛想なのが玉に傷ですが」
「サーシャが、他人の愛想に言及するとは」
くすくすとハダルが笑う。
「失礼な。ハダル様は、私をなんだと思っていらっしゃるので?」
サーシャは思わず頬を膨らました。
「こうみえても、最低限の愛想は備えております」
確かにサーシャは社交的ではない。だが、礼儀は備えているつもりだし、なにより表情筋はきちんと生きている。無表情の権化のレオンとは違うのだ。
「いや。まあ、お前のことだ。殿下にも、平常運転だったのだろうな」
ハダルは言いながら、胸元から手紙を取り出した。
「殿下から、礼状が届いたぞ」
「礼状?」
サーシャは首をひねる。サーシャは職務を果たしただけだ。
「そんな顔をするな。真相に近づけたのは、サーシャのおかげだと喜んでおられるようだ」
ハダルはサーシャの肩を軽くたたく。
「お前を紹介した私も鼻が高いよ」
「……お役に立てたなら何よりです」
サーシャは頭を下げる。
「とはいえ、報告書はきちんと書くように」
ハダルの駄目出しに、サーシャはため息をつく。
「親衛隊から報告してもらうわけにはいかないんですかね」
「それはそれ、これはこれ、だ」
ハダルはサーシャの頭をポンと叩いた。
この時はまだ、サーシャは『次』があることを知らなかった。




