鳳凰劇場25
「君は、アリア・ソグランが聖女になることに反対していた」
レオンはさらに続ける。
「君は清廉潔白だと評判だ。聖女を皇太子妃にして、神殿の政治的な力を強めようとしている輩とは一線を画すと聞いている」
マーベリックは黙したままだ。
「ところで、君は、ローザ・ケルトスとはどういう関係なのかね?」
「どうと言われましても」
「少なくとも、芝居のボックス席のチケットを惜しげもなくくれてやる関係にはある」
レオンは口の端を少し上げた。
「君と彼女は、恋人だったという証言もあるのだが?」
「そんなことは……」
マーベックは首を振る。
「では、どんな関係なのかね? 君は神官見習い全員にチケットを配っているわけではあるまい」
「……」
マーベリックは唇を噛んだようだった。
「ナリル伯爵を巻き込むように言ったのは、ケルトスかね?」
レオンは続ける。
「神官長クラスであれば、ボックス席に入っても少しもおかしくはない。君が自分の予定を忘れてチケットを買ったにせよ、もっと身近に渡せる人間はいたはずだ」
「それは」
「神殿関係者に譲らなかったのは、間違いなく目立つからだろう。眼鏡をかけた侍女の格好をしたケルトスが同行すればどうしたって、違和感がある」
ボックス席に入る客は劇場側もある程度把握している。
神官の場合は、私服で出歩くことは少ない。ケルトスも同行するなら神官服を着用しないと不自然だ。
もし、神官服を着用して、階段の下にいれば、注目を浴びていただろう。
「……そうです」
マーベリックは諦めたように口を開いた。
「ケルトスに言われて、チケットを用意し、ナリル伯爵を同行させました」
「それは、恋愛相手だからというわけではないな? ケルトスは、君を良き取引先と言っていた」
レオンはハッタリを続ける。
もともとのポーカーフェイスが生かされる瞬間だ。
意識して動かそうとしなければ、レオンの顔は全く変わらない。嘘をつこうが、本当のことを言おうが、表情で見破ることは不可能である。
「取引をしたことはない。いつもケルトスが勝手にしたことだった」
マーベリックの表情は苦い。
「なるほど」
レオンは頷いた。
「おかしいと思っていた。いくら君に実力があって、実家が金持ちで、ナリル伯爵家とつながりがあるとしたとしても、非主流派の理想論をとなえる平民の君が、祭司になるのは、簡単ではないはずだと」
「な……」
「平民が祭司になるのが間違っているとは思わない。ただ、君の周囲では偶然に事故にあった人間が多いと聞いている。アリア・ソグランのことも含めてだ」
レオンはため息をついた。
「私はやってない。何も言ってないのだ。いつもあいつが勝手に」
マーベリックは首を振る。
──完全に誘導尋問ね。
サーシャは内心呆れた。レオンはただ一つはっきりしているチケットの件だけを使って、マーベリックを自白に追い込もうとしている。
「あいつはいつも……頼んでないのに」
「頼んではいなくても、ケルトスは君の願いをかなえ、そして、そのことで君をゆすったのだね?」
レオンの言葉に、マーベリックは頷き、ゆっくりと話し始めた。
「私が祭司に選ばれる時、ライバルであった神官が二日酔いで祭典に遅刻するということがあった。彼の不注意だということで、私の方が選ばれた。ケルトスが前日、私のために相手に酒を飲ませたと言った」
その後、何度もケルトスは、マーベリックのためにと、犯罪すれすれのことを行った。マーベリックは、糾弾すべきだった。
だが、マーベリックは保身に走り沈黙を守った。ゆえに、ケルトスと深くかかわらることになってしまう。
ケルトスの『好意』からの『悪行』は、マーベリックの弱みになり、ふりほどけなくなったのだ。
「光の神の儀礼は巫女にやらせたかったのです」
巫女は信者の貴族から選ばれる。当然、かなりの金額が寄付金として神殿を潤すことになっていた。
聖女が儀礼に選ばれたのは、単に聖女を目立たせ、皇太子妃に推したいという意図だけだ。
「もちろん、神殿としては寄付金が魅力というのもありますが、彼女たちは一年間修練してきました。それを突然、報いることなく取りやめるのは、あまりにも不憫です」
マーベリックは息をつく。
「それに、聖女は一人。対して、巫女は貴族の信者で望めばなれるものです。信仰は身近にあってこそのもの。たった一人を祀りあげることが、信仰につながるとは思えない」
「君の想いはわかる。だが、そのために、アリア・ソグランを殺害してもいいと思ったのかね?」
「私は、殺害なんて企てていない!」
マーベリックは首を振った。
「私は、ただ、アリア・ソグランが怪我でもすれば、巫女たちが報われると言っただけだ」
「それを聞いて、ケルトスがチケットを要求した。君は、彼女が何をするかは知っていたはずだ」
レオンは指摘する。
「君は知らないふりをしただけでなく、積極的に手を貸している。幸いソグランに怪我はなかったが、死の可能性がなかった訳ではない。祭司のくせに目的のために人の命を犠牲にすることを厭わないとは、清廉潔白が聞いて呆れる」
「私は、私は」
マーベリックは頭を抱えて、その場に泣き崩れた。




