鳳凰劇場 24
本日は長めです。
マーベリック家というのは、ナリル伯爵家の縁者で、爵位こそないが、商家として成功した家だ。
ロイド・マーベリックは、元マーベリック商会の当主の兄で、商才ある弟に家を託して、神殿で神官になることを選んだらしい。
彼が祭司まで上り詰めたのは、実家の金の力もあるだろうが、清廉潔白でかつ実力があったからだ。
しかし、祭祀になった後は、アリア・ソグランを聖女とすることに反対するなど、神殿の主流派と意見を違えている。
「要するに、才ある真面目な男が祭祀まで上り詰めたものの上と折り合いが悪いってやつだ」
レオンは顎を撫でながら呟く。
「噂では、ケルトスとわりない仲とも聞く」
レオンは肩をすくめた。清廉潔白と言われていた男が、影狼の首魁と恋人関係というのは、にわかには信じがたい。が、ただ清いだけでは、祭司になれるわけもないのだ。
本来なら、レオンは騎馬で行きたいようだが、サーシャがいるということで、一緒に馬車に乗っている。
マーダン曰く。レオン本人は守られる必要もないほどに強い。が、安全面でいえば、馬車に乗っているほうが周囲としては守りやすいので、できれば馬車に乗っていてほしいらしい。
レオンは自ら先頭に立つ性格のようだが、この国の第二皇子だ。本人はともかく、周囲は気が気ではないだろう。サーシャも宮廷魔術師として、要人の警護に当たる立場だ。要人にはできるだけ、護りやすいところにいてほしいという心理はよくわかる。
「容疑を認めると思いますか?」
「彼が手を貸していたのは確かだ。首魁かどうかはともかく、関与しているのは間違いない」
「そうですね」
サーシャは頷く。
サーシャとしては既にアリア・ソグランの事件より、ローザ・ケルトスの殺害未遂の方が気になっている。
「ローザ・ケルトスを始末しようとしたのは、マーベリック祭司でしょうか?」
「……そのために君に同行を頼んでいる」
魔眼を持つサーシャが現場にいたことを明かした時、マーベリックが動揺するかどうかを見たいということなのだ。
正直、今回ばかりはサーシャでも犯人を特定できる自信は全くない。だから、間違いなく『ハッタリ』要員である。
「何かお役に立てればいいのですけれどね」
サーシャは思わず肩をすくめる。
馬車はゆっくりと神殿の敷地に入って行った。
前回と違い、騎士隊を率いての訪問のため、同じ皇子の訪問なのに、神殿側は慌てたようだった。ケルトスの件で、既に神殿は親衛隊の取り調べを受けたばかりだ。
しかも、参拝の信者の多い昼間だ。武装した明らかに物々しい親衛隊の到着に外聞の悪さを意識したのかもしれない。
「殿下、今日はどのようなご用件で?」
この前のエドより、位の高そうな男がもみ手をするかのような姿勢で出てきた。
神殿はレオンを嫌っているようだが、さすがに親衛隊を率いてくると態度が違う。
「マーベリック祭司のところへ案内しろ」
「それは……祭司はお忙しい方なので少々お待ちいただきたく」
「言っておくが、これはお願いではない。命じているのだ。それとも、私の命令より、祭司の都合の方が優先されるとでも思うのか? 案内しないというならば、公務執行妨害とみなす」
横で聞いていたサーシャは思わずレオンの顔を見る。
強い口調のせいで、無表情な仏頂面が、いつもに増してすごみを増していた。
──まさに、死神皇子だわ。
男はレオンの言葉に震え上がり、顔から血の気が引いている。
表情のない顔はともかくこんな高圧的なレオンを見たのは、サーシャは初めてだった。
「こ、こちらでございます」
男は慌てて案内を始めた。
祭司の部屋は、皇族用の部屋よりも奥だ。
そこへ向かう通路は、むき出しの板張りで、絨毯などは敷かれていない。
──意外と質素なのね。
サーシャはレオンの後ろを歩きながら、そんなことを思う。
もっとも、廊下が質素だからと言って、神官たちが清貧な生活をしているわけではない。
神殿には、信者の貴族から多額の寄付金を得ている。表向きは民を守るためであるけれども、上層部はかなり私腹を肥やしていると聞く。
「魔力結界があります」
サーシャの耳元で、マーダンが囁く。
「念入りですね」
サーシャは頷く。もともと、神殿には大きな結界がある。それだけでは足らぬということだろうか。
「神殿内では、案外、呪術合戦が行われているのでしょう」
「あながち、冗談ともいえませんね」
マーダンがこっそり肩をすくめた。神官見習いが影狼の首魁だったことを考えても、神殿の内部は思った以上に物騒なのかもしれない。
神の御名に隠れて何が行われているのかと思うと、サーシャはゾッとした。
「こちらです」
おどおどしながら男は、通路の奥の扉に案内をした。
「マーベリックさま、レオン殿下がご面会を求めていらっしゃっています」
おとないを告げる男を押しのけ、レオンは扉を開ける。
中は執務室になっているようだ。
いつものレオンなら、そこまで強引なことはしない。逃走の可能性を考えてのことだろう。
調べによれば、ローザ・ケルトスの寮の部屋は空っぽになっていた。あの時、レオンとサーシャが訪ねなくても逃走するつもりだったのは間違いない。
影狼の部下たちの話では、しばらく帝都を離れるつもりでいたようだ。
エドン公爵家への中傷の声が大きくなり、親衛隊の動きが活発になったことで、ケルトスは警戒を深めていたらしい。
「殿下、さすがに無礼でありましょう」
執務机に座っていた男が眉間に皺をよせる。
神経質そうな顔だ。目は細いが鋭い眼光。年齢は三十代手前。
祭司にしては若く、かなりひょろ長い印象を受ける。
「私は君に会いに来たわけではない。君を捕まえに来たのだ」
レオンと共に、マーダンをはじめ親衛隊の兵士がマーベリックを取り囲んだ。
「どういう意味でしょうか」
「ローザ・ケルトスが全て吐いた」
レオンは言い放つと、マーベリックは唇を噛んだようだった。
──役者だわ。
サーシャは舌を巻く。
ケルトスは何一つ話してない。捕まえてから意識が一度も戻っていないのだから。
だが、そのことは口外されていない。神殿の人間が知っているのは、ケルトスが何らかの容疑で親衛隊に捕らえられたということだけだ。
「祭司、君はナリル伯爵家に渡したチケットは、アリア・ソグランが劇場に行くと決めてから買っている。そして、伯爵家にチケットを渡したのは、買ってすぐだ。ナリル伯爵には、君がいけなくなったからだと話したが、さすがに不自然ではないか?」
レオンは息を継ぐ。
「君はあの日、西地区の神殿に出かけていた。一か月以上前から予定が組まれていたと聞いている。つまり最初から行けないことはわかっていたはずだ」
マーベリックは黙り込んでいる。
「何故そのようなことをしたのだ?」
レオンは問う。
実際のところ、そこだけはしっかりと裏がとれている部分だ。
「購入したチケットを譲渡しただけで、罪になるというのですか?」
「さあて。納得のいく説明をしてもらおう。ケルトスの話と一致すればいいのだがね」
レオンはふっと口元をゆるめる。おそらく、わざと挑発しているのだろう。
「ケルトスに頼まれただけです。私は何も指示などしておりません」
「では、なぜ、そのような不自然な行動をとることを承知したのだね?」
レオンは畳みかけるようにマーベリックに問いかけた。
次回は2/7の予定です。




