鳳凰劇場 19
セリン子爵家を出ると、レオンはサーシャと共に神殿へと向かう。
マーダンは反対したが、レオンは被疑者が逃亡する可能性を示唆した。
レオンのセリン家の訪問は、被疑者に警戒心を与えていてもおかしくない。早期にローザ・ケルトスを確保した方がいいという判断だ。
「マーダンさまを待った方が良いのでは?」
神殿にたどり着いてから言うことではないが、馬車を降りる寸前、サーシャはレオンに問う。
サーシャは国で指折りの魔術師であることを自負しているが、捕り物に関しては素人だ。
レオンは剣の達人だと聞いているが、何かあった時にサーシャと二人では、対応できるかどうかわからない。
「今回の事件は、おそらく神殿内のもめ事が絡んでいる。ローザ・ケルトス一人の問題ではないと思う」
「そうですね」
制服に関してなど、とても『偶然』で片づけられないピースが多い。
ローザ・ケルトスがどれほどの人物かわからないが、神官の見習いがそこまで手配などができるものなのだろうか。
「行くぞ。それともアルカイド君は、自信がないのかね?」
「生死を問わずで構わないのなら、全然平気なのですけれどね」
サーシャは肩をすくめる。
「出来るだけ、生かす努力はしてくれ」
レオンは口の端を僅かに上げ、馬車から降りた。
「承知いたしました」
サーシャは頷いて、後を追う。
第二皇子の後をついていく形でいいのかは、サーシャ的にも微妙だが、サーシャは盾には向かない。
「レオンさま、今日はどのようなご用件でしたか?」
先ぶれも出していないから、神殿側も驚いたようだ。
すでに日は沈んでいて、一般の信者の参拝も終わっている。
飛び出てきた男は、エドという神官らしい。
「神官見習いのローザ・ケルトスという女性に会いたい」
レオンは前置きなく、用件だけを述べる。
「ケルトスですか? ひょっとしたらもう寮に帰っているかもしれませんが、ちょっと聞いて参りますので、こちらでお待ちいただけますか?」
神殿には、儀礼の時に皇族が使う部屋がある。平時は締め切っている部屋だが、第二皇子を待たせるにあたって、おかしな部屋に案内できないため、その部屋に案内された。
「質素倹約を掲げている神殿の部屋でも、ここは違うのですねえ」
サーシャは部屋をぐるりと見まわして、思わずそんな感想を抱いた。
「嫌味か?」
「ええと。いえ、宮殿に比べたら質素ですけれど」
サーシャは首を傾ける。
「皇族に機嫌を損ねられては、神殿も困る。それに、皇族用の部屋を豪奢にしなければ、祭祀の部屋はもっと質素にする必要があるだろう?」
「ああ、なるほど」
サーシャは頷く。
美しい刺繍の施されたソファにレオンが腰掛けた。
「アルカイド君も座ったらどうだ?」
「さすがにそういうわけには参りません」
サーシャは慌てて首を振る。
離宮の会議室ならともかく、ここは公の場だ。サーシャはレオンの護衛であるから、気を抜いてくつろぐわけにはいかない。
「ローザ・ケルトスは寮ということは、ほぼ住み込みで生活しているのですね」
「神官見習いなら、さもあらん」
レオンは肩をすくめた。
「巫女や聖女のような『看板』と違って、神官は本当に修行をするわけだからな」
「そうでしょうね」
巫女になるのは、よほど適性がないのでなければ、寄付金をつめば可能だ。だが、神官になるには、神学をおさめ、実力がないと無理である。
「それにしても、遅いですね」
神殿が大きいこともあるし、寮に帰ってしまった可能性もあるだろうが、思ったより時間がかかっている。
「……私の名前で来たのはまずかったかもしれない」
レオンは顎に手を当てた。
「私は神殿に嫌われているからな」
「どうしてですか?」
第二皇子であるレオンを嫌う理由はなんなのだろう。
「私は凶相の持ち主なのだそうだ」
レオンは淡々と語る。
死神皇子と言われているのは知っていたが、さすがに神殿に凶相扱いされているとは、サーシャは知らなかった。
レオンは、表情筋が死滅しているのか、いつも無表情のようだが、声音を聞いていれば、それなりに感情の動きが伝わってくる。
「それは、皇族に対して、随分と失礼ではないでしょうか?」
「まあな。言われていい気持がしないせいで、私は随分と不信心になった。お互い様だ」
レオンはわずかに笑ったようだった。
その時、ちょうどノックの音がした。
「殿下」
扉が開いて、先ほどのエドが頭を下げる。幾分、顔が青い。ローザ・ケルトスと思しき人物は、伴っていなかった。
「どうした?」
レオンは問いかける。
「申し訳ありません。殿下のお名前を出した途端、ケルトスは突然神殿を飛び出していきまして」
「どっちへ行った?」
「それがその、森の方へと」
エドは怯えながら答える。皇族の命を果たせなくて、怯えているのだろう。
「わかった。案内しろ。アルカイド君、行くぞ」
「承知いたしました」
エドを案内にして、レオンとサーシャは、逃げたケルトスを追うことにした。
次回更新は、1/31の予定です
1/31 林→森に変更しました。




