鳳凰劇場 18
遅刻。短めです。
「どういう意味?」
モリアは眉根を寄せた。
劇場にアリアが行く、それが何だというのだ。彼女が何をしようと、モリアには関係がない。その余裕ぶった態度を腹ただしく思うだけだ。
ローザ・ケルトスが何を言っているのかわからない。
「伝統の儀式は、やはり従来通り行うべきだと思うのです」
ケルトスの囁き声に、モリアは思わず身体が動いてしまった。反応すべきでないと、どこかで警報がなっている。
その優し気な声に、モリアの肌がざわつく。
「……何を言っているのか、わからないわ」
モリアは立ち上がろうとした。けれど。ケルトスの親し気な笑みに惹き付けられた。
「あの女が憎くありませんか?」
その言葉は、神官見習いとは思えない。蜜のように甘く怪しい声音。
話を聞いてはいけないと、本能が告げている──でも。身体中が痺れてしまったかのように、動けない。
モリアは再び席についてしまった。
ローザ・ケルトスがモリアに提案したのは、アリアにケガを負わせることで、儀式に出られなくするというものだった。
階段から落ちたらケガだけで済まないという恐怖は、モリアも持っていた。が、拒絶するモリアにケルトスは、それでどうにかなったら『聖女』ではなかったということだと言い放った。そう言われてしまえば、そんな気もしなくはない。モリアは、良心を手放した。
ケルトスは、祭祀に気に入られているらしい。その祭祀に頼んで、巫女の儀礼復活に尽力してもらうように頼んでくれるとモリアに約束した。
迷いや疑問を抱く暇は与えられず、モリアはいつの間にかその気になってしまった。ケルトスはモリアのために手を貸してくれる。その時はそう思った。
実際、モリアが実行するにあたって、犯人だとわからないようにするための偽装は、彼女が一手に引き受けてくれたのだ。
当日。モリアはビルノ侯爵夫人とともに劇場に行った。
そして、芝居の終わる手前で二階のお手洗いでケルトスと待ち合わせをする。ケルトスの指示で、モリアは従業員の制服に着替え、ナリル伯爵家の去ったボックス席に潜んだ。
通りかかった者達は何人かいたが、制服のおかげで誰も気を止めなかった。
やがて、階段のそばにアリアが現れた。
侍女がいても実行するつもりだったが、たまたま侍女が席を外す。
その時、「ラビニアさま!」という合図があり、モリアは魔術でアリアを吹き飛ばした。
階下で悲鳴がおこる。
結果がどうなったのか、気になりはしたが、モリアはケルトスの指示通り、再びお手洗いに戻って着がえ、制服を目くらましの術で隠し、大慌てでビルノ侯爵夫人のボックスへと戻ったのだった。
「そのローザ・ケルトスというのは、何者だ?」
モリアの話が終わると、レオンは問いかけた。
「神官見習いとしかわかりません。それほど親しかった方ではありませんので」
モリアは首を振る。どうしてそんな女の手を借りて犯罪に手を染めたのか。ひょっとしたら、モリア自身もわかっていないのかもしれない。
「あの、よろしいでしょうか」
サーシャはレオンに許可を求めた。
「どうした。アルカイド君」
「はい。ローザ・ケルトスという方の外見を教えていただけませんか?」
「外見?」
モリアは首を傾げた。
「細身でこげ茶色の髪をした女性です。美人というわけでも不細工というわけでもありません。ちょっと目がキツイ感じですが」
「その日のケルトスの着ていた服装は?」
「……どこかの侍女という感じでした」
モリアは首を傾げた。
「ひょっとして、あなたに合図を送ったのは?」
「はい。彼女です」
モリアは断言した。
「殿下」
サーシャはレオンに話しかける。謎が一気に解けた。今回の事件でエドン公爵家を貶めたのは、ケルトスだ。
「うん。そうだな」
レオンも頷く。
「マーダン、セリン嬢を朱雀離宮の牢へつれていけ」
「殿下」
セリン子爵が縋りつくような目をレオンに向ける。
「現段階で、酌量の余地はない。調べが進めば変わるものもあろう」
モリアはおそらく利用された。アリアを害するつもりだったのか、それともラビニアを貶めるつもりだったのかは、わからない。ただ、モリアは実行犯である以上、罪を免れることは出来ないのだ。真相次第では、減刑もあるだろうが。
「……はい」
セリン子爵は娘とともにうなだれる。
「アルカイド君、神殿に行くぞ」
「承知致しました」
サーシャは丁寧に頭を下げた。




