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鳳凰劇場 17

 モリアの嗚咽が響く。

「モリア?」

 セリン子爵は泣き出した娘の姿にどうしたらいいのかわからないようで、おろおろしている。

「説明をしてもらおうか?」

 レオンはさらにモリアに圧をかける。容赦はない。

──詐欺師だわ。

 無表情を装いながら、サーシャは内心呆れた。

 サーシャが確信を持っているのは、目くらましの術をモリアがかけたということだけだ。

 レオンは、アリア・ソグランを襲った強風の術をモリアがかけたことが分かったかのような言い回しをしている。

 無論、直接的に表現はしていないので、あくまで『目くらまし』の術について話していると言えばその通りだ。だが、あえて全てを知っているかのようにカマをかけている。

「お許しを」

 モリアは泣きながら声を絞り出す。その態度は彼女が実行犯ということを表している。

「何故、あのようなことをした?」

「……悔しかったのです」

 セリン子爵は娘の肩に手を回し、落ち着かせようとしている。

「あの人が……怪我でもすれば……次の儀礼に私達が出ることができる」

 ぐずぐずと泣きながら、モリアは語り始めた。

 数週間後に行われる、光の神の祝典の儀礼の中で、舞踊をおさめるものがある。皇帝も参列する大きな儀礼であり、巫女たちは半年にわたり練習をしてきたらしい。

 ところが直前になり、巫女たちではなく、聖女が一人で行うことに決まった。大祭司の鶴の一声があったらしい。

「私は今年が最後なのです。来年には、嫁ぐことが決まっていて、巫女ではなくなってしまう」

 巫女は貴族の信者の中から選ばれるが、『未婚』であることが条件でもある。

「あの人は私達から奪う必要はないのに。未来が約束されているのだもの。酷いわ」

 モリアはボロボロと涙を流し、首を振った。

「結局、階段から落としたのに怪我すらしなかった! どうして!」

 セリン子爵は事態を察したらしく顔が青ざめている。

「つまり、君が、強風の魔術を唱えた」

 レオンが結論付けると、モリアは再びわっと声をあげて泣いた。

「結果論としては、アリア・ソグランにケガはなく、大きな罪にはならないだろうが、場合によっては彼女が死ぬことだってあり得た。君は彼女を殺すつもりだったのかね?」

 モリアは蒼白な顔で、首を振る。

「そのつもりはなくても、そうなった可能性はゼロではない。それを望んでいなかったと、誰が証明するのだね?」

「で、殿下、この子は優しい子です。人を傷つけるようなことは」

 セリン子爵が震える声で娘を庇う。

「わかっている。君一人でやったことではないな」

 レオンの声音が幾分と柔らかくなる。

──意外と計算しているのね。

 サーシャは驚いた。

 もっとも変わったのは声だけで、レオンの表情はほぼ変わらないのだろうが。

 モリアも責め続けられるより、理解してもらっていると感じれば、心情を吐露しやすいはずだ。レオンはそれを見越しているに違いない。

「わ、私は一人で」

「エドン公爵家に喧嘩を売ったのは何故だ?」

 レオンの声が再び威圧感を持つ。

「アリア・ソグランを蹴落としたいのであれば、エドン公爵家に悪評を立てるのは賢明ではなかった」

「私は何も」

「君は『ラビニア』の名を呼んだ女性の声を合図に魔術を唱えた」

 レオンの言葉にモリアは言葉に詰まったような顔になった。

「正直に言って、アリア・ソグランを突き落としたことより、エドン公爵家に泥を塗った方が問題になりそうだ。早々に、懺悔をしないと、一族郎党、この国にいられなくなるぞ」

「……そんな」

 モリアはぶるぶると震えはじめる。

「殿下、愚かな娘ではありますが、ぜひ寛大なご処置を」

 セリン子爵が椅子から降りて、土下座を始めた。

 それを見て、モリアも床に座り込む。

「仔細を話せ。幸いソグラン嬢は無傷だ。全てを話せば酌量もある」

 レオンの言葉にモリアは意を決したらしい。

 大きく息をつくと、静かに話し始めた。



 食堂で、ミリア・エディンとヨナ・レーゼンが話をしていた。

 どうやら、急に講義がなくなった日に、アリア・ソグランが芝居を見に行くという話らしい。

 アリア・ソグランは年間シートを持っているから、羨ましい、そんな話だ。

 盗み聞きするつもりはなかったが、耳に入ってしまったのは仕方がない。

──いいご身分だわ。

 モリア・セリンは妬ましい気持が胸に広がるのを感じる。

 巫女の儀礼を取りやめ、聖女が行うことになったことで、アリア・ソグランの負担が大きくなったと聞いていたが、観劇に行けるとはずいぶんと余裕があるようだ。

 たまたまその日は、モリアも観劇に行くことにしていた。

 ビルノ侯爵家は神殿に多額の寄付をしている。グレイス・ビルノに取り入ることで、聖女に奪われた儀式を巫女の手に取り戻したかったからだ。

 夫人は、以前から巫女との交流に積極的だった。慈善家で、巫女と親しいという『評判』を作りたいだけなのはまるわかりだったが、モリアとしては味方が欲しかった。

「モリアさま。これはチャンスですよ」

 不意に声をかけられて、顔をあげる。

 ローザ・ケルトスという、神官の見習いの女性だった。




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