鳳凰劇場 15
再びサーシャはレオンと共に朱雀離宮へと戻った。
空は既に日が傾いていて、茜色に染まっている。
会議室には既に魔道灯が灯された。
部屋にいるのはレオンとサーシャ、そしてマーダンと、もう一人ワーナー・カリドという親衛隊の男だ。マーダンと違い、剣を極めている男のようで、体格がかなり大きい。容姿はそこそこ整っているが、目つきが鋭く、他人を威嚇しているかのように見える。
カリドは部外者であるサーシャを怪訝な顔で見たものの、特に何かを言うことはなかった。
レオンが許可をしている以上、容認するということなのだろう。
「ホーク・デゥル、ヨナ・レーゼン、イライザ・オーティンの三人に話を聞きました」
カリドは丁寧に説明を始める。見かけによらず、物腰は柔らかだった。
サーシャは本来、この捜査会議に加わる必要なない。
サーシャの役割は、魔素を視ることだ。レオンの意向により、レオンの護衛と周囲のハッタリも仕事と言えるが、事件背景の人間関係のことは、サーシャにとって職務外のデータである。
「ホークは神殿の警備兵で誰にも話していないそうです。あとの二人は、『巫女』見習いで、聞いたところによれば、ヨナ・レーゼンは、神官のミリア・エディンに話をしたそうです」
カリドは小さく息を継ぐ。
「ミリア・エディンは芝居が好きだそうで、雑談の合間に話したとか。あとの二人は、特に人に話していないと答えました」
カリドはメモを読み上げる。
「もっとも、エディンとヨナは、神殿の昼食時に食堂で話をしていたそうで、誰が聞いていたとしてもおかしくないとか。ちなみに二人とも当日は神殿の行事に参加しておりました」
カリドは淡々と報告を続ける。
「それからアリア・ソグランが参加していた魔術の勉強ですが、現在の巫女である、モリア・セリン、リーア・シルゲント、リナ・ナーズも参加しておりました」
もともとアリア・ソグランも巫女見習いから始めている。現在アリアは『聖女』という巫女の上位職扱いになってはいるものの、学習すべき内容は巫女とあまり変わらないらしい。
「ところで、神殿でアリア・ソグランはどんな位置に立っている?」
レオンは渡された資料に目を落としながら、質問する。
「一応神殿としては、聖女ですから、皇太子殿下との婚約を全面的に推す姿勢です。とはいえ、神殿の一部には、聖女が積極的に政治にかかわるような婚姻は避けるべきだという意見もございますし、また、一部には、ソグランを疎む声も聞かれます」
「一枚岩ではないということだな」
「はい。神官の束ねである大祭司であるグレック・ゲイルブの強硬な姿勢に不満を持つ神官も少なくありません。中でもロイド・マーベリック祭祀はソグランを嫌っていると評判です」
「ロイド・マーベリックか。奴は、ナリル伯爵家の親戚筋だったな」
レオンはふむと、顎に手を当てた。
「マーベリック祭祀が管轄する西地区の神殿は、ビルノ侯爵家とかかわりも深い」
「では、マーベリック祭祀が?」
「可能性は高いな」
レオンはほんの少し眉間に皺を寄せた。
「ただし、物的証拠は何もない」
「モリア・セリン子爵令嬢に会いに行かせてください。彼女がお手洗いで『目くらまし』の術をかけたと確定すれば、実行犯の可能性が高いです」
サーシャは口をはさんだ。
「しかし、仮にモリア・セリン子爵令嬢だったとして、制服はどうやって手に入れたのでしょう」
マーダンが首を傾げる。
「そこは地道に捜査するしかないが、アルカイド君、遅くなってすまないが、今からセリン子爵家に行こうと思うのだが」
「はい」
サーシャは頷く。勤務時間外だが、そもそも宮廷魔術師の仕事は、勤務時間外の仕事も多いから気にならない。それよりも、サーシャとしては魔術の色を忘れないうちに確認しておきたいと思う。
「先ぶれは?」
マーダンが口をはさむ。
「ああ、出しておけ。劇場を訪れた者、全員を見て回っていると伝えておけ」
「了解しました」
マーダンは頭を下げて、部屋から出ていく。
「カリド、お前はナリル伯爵家を探れ。マーベリック祭祀の指示で、ナリル伯爵家が動いた可能性がある」
レオンはわずかに口の端を上げた。
「実行犯は、ナリル伯爵家の使ったボックス席から、アリアを狙った。偶然かもしれないが、そこに人がいないことに確信がなければ、なかなかできない」
「ナリル家が関与していると?」
「証拠はないがな。チケットをいつ買ったのかも調べてくれ。アリアが劇場に行くと決めてから手に入れたのであれば、全く無関係とはいえないだろう」
年間シートを持っているアリア・ソグランとグレイス・ビルノ侯爵夫人はいつでも劇場に足を運べるが、ナリル家は、そうではない。
ナリル家が、あらかじめその日を予定していたのであれば、共犯の可能性は低い。アリアの予定が決まってから、購入したのであれば、事件に関与した疑いがある。
関与といっても、現段階では、『ボックス席から早々に退出する』くらいのものだ。
「承知いたしました」
カリドはメモを取り終わると、丁寧に頭を下げた。




