鳳凰劇場 14
たとえそこに制服があったとしても、誰がそこに置いたのかはわからない。
ただ、継続して施されていた魔術が、誰のものかは、サーシャにはわかるだろう。
もちろん、その制服が事件と全く関係のないものである可能性はゼロではないが。
「直接魔術に触れましたので、これを隠した人物なら、見極めることができると思います」
「つまりハッタリでなく、当人が分かるということだな」
レオンが頷く。
「女性用のお手洗いですか。劇場全体の捜査は一通りしましたが、完全に見落としてしまったようですね」
マーダンが苦い顔をする。
「あんな場所にわざわざ目くらましの術をかけて隠したということは、事件とは無関係ではないだろう」
レオンは腕を組む。
「おそらくは、ほとぼりが冷めたころに回収しようとしていたのだろうな」
劇場の従業員の制服のほとんどはオーダーメイドだ。サイズを見れば、ある程度の人物像はつかめる。
「術をかけずに置いておいた方が、怪しまれなかったでしょうけどね」
サーシャは肩をすくめる。
制服を置くにはいかにも不自然な場所ではあるけれど、魔術そのものがなければ、サーシャは気づかなかっただろう。
「いえ、術がかかっていなければ、捜査員が見つけていたと思います」
マーダンが首を振った。
全ての捜査員が魔術に長けているわけではない。魔術の心得がない捜査員なら、気が付かなかっただろう。
「そうだな。最初の捜査の段階でこれが見つかっていたとすれば、捜査の方角が違っていたかもしれない」
レオンは肩をすぼめた。
「もしこれが犯行に使われたのであれば、ここに放置したのは、帰りに手荷物を調べられる可能性を考慮してのことでしょうね」
事件の内容と、観客が上級貴族だったことを踏まえ、手荷物検査は行われなかった。だが、それは結果論だ。
観客が従業員の制服を持っていたら、不審に思われるのは間違いない。
「君を連れてきてよかったよ、アルカイド君。我が親衛隊は女性隊員がいない。初動捜査でなければ、女性用のお手洗いには足を踏み入れなかっただろう」
「恐縮です」
サーシャは軽く頭を下げた。
「まず、最初にするべきは、この制服が誰の物なのかということをつきとめねばなるまい。それがわかれば、これがどうしてここに在ったのかという謎も解けるだろう」
「そうですね」
サーシャは頷く。
制服のことはひとまず置いて、マーダンに案内されて従業員用の階段へと向かう。
立ち入り禁止とは書いてあるものの、カギはかかっていないから、誰でも使うことはできる。
「お手洗いから一番近い階段でもありますね」
サーシャは呟く。三階へと向かう観客用の階段は、遠いというほどもないけれど、少し離れている。
三階の観客が従業員用の階段を使っていたとしても、おかしくはない。
何より、通路の奥であるから、人目に付く可能性が低い。
階段そのものを魔眼を使って確認したが、特に変わった魔素は発見できなかった。従業員用の階段を上り終えた先は、二階よりさらに値段の高いボックス席になる。ラビニア・エドンの席は一番高い中央の位置にある席。グレイス・ビルノ侯爵夫人は、奥まった席で、従業員用階段が近かった。
一通り、三階を見て回ると、三人は劇場の人事の担当者に会いに行った。
担当者の名前は、ロバート・オギューストという。眼鏡をかけた神経質そうな初老の男だった。
「これは随分と小さめのサイズでございますね」
オーギュストは制服を手に取り、広げた。
「見たところ生地などもかなり傷んでおり、色も少し褪せておりますから、少し古いものでしょうね。このベストの裏に工房の刺繍が入っておりますので、当劇場の物で間違いないと思われます。当方の制服の発注はずっと、ブルノ工房でございますから。お尋ねの当方でオーダーしたサイズはこちらの帳面に載っています」
オーギュストは奥から分厚い帳面を三冊ほど持ってきた。
「つまり、この服のサイズがわかれば、誰の制服か特定できるということか?」
「おおよそのことはつかめるかもしれません」
レオンが問いかけると、オーギュストは首を傾げた。
「縫製での微妙な差もできましょうし」
「なるほどな」
レオンは頷いた。
「では、この帳面を借りていく。それから、制服の在庫管理に関する帳面も頼む。そちらの在庫管理は間違いないということでいいのかな?」
「承知いたしました。少なくとも当方で管理している制服の在庫数は一致しておりますし、従業員にも盗まれたものはおりません」
オーギュストは断言した。
劇場は上級貴族が数多く訪れる。従業員の制服は、防犯上の理由もあって厳正に扱われているらしい。
「そうなると、退職者が怪しいな」
なんにせよ、膨大な帳面から、サイズの合う人物を探し出さなければ始まらない。
「早々に誰かに突き当たるといいのですけれど」
サーシャはオーギュストの出してきた分厚い帳面を見ながら、思わずため息をついた。
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