神殿 39
扉が開くと、いかにも成金趣味な黄金の床と壁があった。
光の神フレイシアの祭壇や神像はもともと金を使うことが多い。とはいえ、部屋全体に金を使うのはいささかやりすぎだ。
「趣味が悪いな」
「光の神を祀る最高位の部屋なので」
レオンの指摘にマーベリックがそっと肩をすくめた。
彼自身、そう思っていたのだろう。
「人が倒れている」
部屋の奥の祭壇に突っ伏す形で人が倒れていた。煌びやかな神官服をまとっている。意識を失っているらしく、レオン達が部屋に入ってもピクリとも動かない。
「ハダルさまと、サーシャの魔素があります。さきほどの陣を描いたのは、この人物で間違いないでしょう」
リズモンドが目を凝らして、男の周りの魔素を見た。
どうやら、陣を通じて、サーシャの雷を食らったようだ。
「ゲイルブ大祭司?」
マーベリックは倒れている人物の顔をみて衝撃を受けたようだった。
レオンは近づいて、大祭司の脈をとる。
「気を失っているな」
「よく生きてたなあ」
リズモンドが思わず呟く。
「ハダルさまとサーシャの二人に術を返されて生きているということは相当な手練れです。さすがグレック・ゲイルブ大祭司というべきでしょうか」
「なんにせよ、言い逃れの出来ない状況だ」
メルダー祭司に指示したかどうかはまだわからないが、少なくとも先程の陣を描いたのは、グレック・ゲイルブで間違いない。
「目覚めるとやっかいだな。魔封じをしておこう」
レオンは懐から魔封じの腕輪を取り出して、ゲイルブの腕にはめた。簡易式のものなので、完全ではないが、それでもないよりはましだ。
「大祭司を連行するとなると、混乱が起こりますね」
リズモンドが首を振る。無論、連行しないという選択肢はないのだが、神官たちに動揺が走るだろう。しいては、民も混乱する。
「大祭司が何をやっていたか公表する。それで異論を唱える奴は、全員共犯者とみなすと言い渡せば、表面上は落ち着くはずだ」
「随分と乱暴ですね」
レオンの言うようにそうすれば、しばらくは大丈夫だろうが、少しレオンらしくないとサーシャは思う。
「無論、手は打つ。マーベリック君」
「はい?」
放心していたマーベリックにレオンは声をかけた。
「君の手を借りたい。私がおさえるだけより、君が神殿の再建するために中心に立ってくれたほうが、神官たちも納得できるはずだ」
「……」
マーベリックはぽかんと口を開けた。思ってもみない提案だったのだろう。
「君が立たないのであれば、神殿そのものをつぶさなければならなくなる」
禁忌である黒魔術を使用しただけでなく、登録もなく魔術師を養成し、皇太子に暗示かけようとした。個人ではなく組織的な犯罪であり、既に神殿そのものが国家に逆らっていると言える。皇室の意を組む人間が組織改革をするのでなければ、解散させるしかない。
「今すぐとは言わない。が、数日中に答えを頼む」
「私は追放された人間です」
マーベリックは戸惑いを隠せないようだ。
「君以外の人間が信用出来ない」
マーベリックはもともと大祭司周辺の主流派から距離を置いていた。聖女を害そうとしたのも主流派への反発する気持ちに付け込まれたのであって、どちらかと言えばはめられたようなものだ。追放されたのは相手が聖女だったのと、エドン公爵家を敵に回したからだ。もし影狼がラビニアに罪を被せようとしなければ、親衛隊もそれほど捜査しなかったかもしれない。ソグランは無事だったのだから。
「部外者を大祭司に据えるより余程良いのではないでしょうか?」
サーシャは口を挟む。
「なんでしたら捜査が終わるまでの代理にしたらどうですか?」
「憎まれ役ですね」
マーベリックは苦笑する。
「正直俺は 、神殿は解散が妥当です。黒魔術であれだけの人間を贄にするような祭司がいる組織を放置できません。殿下は甘いと思います」
リズモンドは渋い顔だ。塔に所属する者としては黒魔術を使う輩のいた組織など信用出来ない。
「光の神フレイシアが間違っているわけではない」
「解体が簡単ではないことは承知しています」
レオンの言っていることをわからないわけではないとリズモンドは答える。
「アルカイド君も同じ意見か?」
「まあだいたいは。ですが多くの人は神殿を必要としているのでしょう。殿下の考えの方が正しいと思います」
サーシャ自身は神殿で祈りを捧げたことはないし、そもそも神を信じていない。ここのところの事件で神殿の印象は地に落ちている。その気持ちはおそらくレオンも同じだろう。
「殿下の考えは理解出来ます。ですが少し時間をください」
マーベリックはそう言って頭をさげた。