神殿 37
会議が終わるとすぐに神殿の捜査に向かうことになった。さすがに大軍で押し寄せることはないが、それでも騎士二十騎、それに宮廷魔術師であるサーシャとリズモンドだけでなく、主席宮廷魔術師であるルーカス・ハダルも同行する。さらにレオンは、ロイド・マーベリックを神殿の案内人として呼んだ。神殿の内部に詳しく、大祭司に忖度することがないからという理由だ。
「証拠は残っているでしょうか?」
馬車から降りたサーシャはレオンに問いかけた。
「メルダー祭司の身柄をこちらが確保しているのだから、絶対に残っているはずだ」
「つまり彼に全てをひっかぶせて終わらせようとするでしょうね。隠せばかえって関与を疑われることになりますから」
ハダルが苦笑しながら同意する。メルダー祭司が黒魔術を行ったことは明らかなので、そこはごまかしようがない。ルクセイド・ハックマンの時のように遠距離から攻撃をしかけて口を封じることもできないのだから。
ただ今回はメルダー祭司一人の責任で終わらせていい話ではない。ハックマンの行った黒魔術よりも、より凶悪で、人も死んでいる。たとえ関与が認められなかったとしても、大祭司グレック・ゲイルブには神官の監督責任がある。少なくともこのまま大祭司の座に居座り続けることはできないだろう。そう考えると、素直に捜査を受け入れるかどうかサーシャは疑問に思っている。
もっともこの捜査に神殿の意思など関係ないことをサーシャはすぐに思い知った。
「皇太子の命により、神殿内部の捜査を行う」
扉を開いた神官に命令書をつきつけ、有無を言わさずレオンは押し入った。
「ちょっ、ちょっとお待ちください」
「マーベリック君、メルダー祭司の部屋へ案内を頼む」
慌てる神官を無視して、レオンはマーベリックを呼ぶ。
「はい。わかりました」
「マ、マーベリック祭司?」
レオンの前に進み出たマーベリックをみて、神官は驚いたようだった。追放されたとはいえ、ついこのまえまで祭司だった男だ。当然のことながら神官なら知っている。
「待ってください! 祭司は神殿から追放されたのでは?」
「君はエドでしたね。君の言う通り私はもう祭司ではありません。官吏として殿下に従うのみです」
にこりとマーベリックは微笑む。
「殿下の道を妨げれば、国家に逆らうこと。それはご存じですよね」
ハダルが追従するとエドと呼ばれた神官は青ざめて後ずさりした。
サーシャやリズモンドと違い、ルーカス・ハダルの名は帝国中に知れ渡っているようだ。
「……さすがハダルさまだ」
サーシャの隣でリズモンドが感心したように呟く。相変わらず、リズモンドはハダルに心酔しているようだ。
「こちらです」
エドがマーベリックは右側の通路へと歩き始める。
「皆遅れるな」
レオンに声をかけられ、サーシャ達も慌てて後を追う。
「メルダー祭司の部屋は少し遠いです」
マーベリックが説明しながら歩く。以前、マーベリックが使っていた部屋よりも豪華な部屋らしい。皇族用の部屋につながる通路を越えると、質素な通路に変わった。相変わらず、魔力結界がある。
神官たちは武装した親衛隊に恐れをなしたらしく、通路に出てくる様子はない。
「この上です」
マーベリックに先導され階段を上ると、通路の様子が一変した。板張りだった床に赤いじゅうたんがしかれ、壁にかけられた魔道灯は先程までの武骨なものではなく、美しい装飾がほどこされていた。
「いきなり豪華になりましたね」
「この先は、大祭司さまの居室もございますので」
驚くサーシャにマーベリックが答える。
「つまり、メルダー祭司は側近中の側近ということだな」
しかし、マーベリックも祭司であったのに、ずいぶん扱いは違ったようだ。
「ここです」
マーベリックが扉を指さした。
「待って下さい」
ノブに手を伸ばしたマーベリックを、ハダルが止める。
「……何かがあります。サーシャ、何かわかるかい?」
ハダルに言われて、サーシャは眼鏡を外す。扉の向こうにむかって、エーテルがどんどん流れ込んでいる。まるで大きなエーテルを吸い込むような『穴』があるようだ。
「すごいスピードでエーテルを吸い込む何かがあります」
「それなら召喚の陣があるのではないでしょうか」
サーシャの答えを聞いて、リズモンドの顔が険しくなる。
「エーテルを吸い込むということは、部屋に下手に入ると我々が贄にされるのかもしれません」
「……そうだな」
ハダルも同じ考えらしい。メルダー祭司が侵入者よけに描いたか、それもそれ以外の誰かが描いたのかはわからないが、黒魔術の陣が部屋の向こうにあるということだ。贄が用意されていないので、陣はまだ発動されていない。贄が自分から入ってくるのを待っている。
「つまり、罠か」
「はい」
レオンの問いに、ハダルは頷く。
「ですが陣を無効化すれば問題はありません」
「頼めるか?」
他人の描いた陣を無効化させるには、相手よりも強い魔力が必要なのと、陣の形をはっきりと認識する必要がある。
「厄介ではありますが、宮廷魔術師が三人もいる時点で敵ではありません」
ハダルは不敵に笑う。
「サーシャ、リズモンド、今から扉を開ける。お前たちは、ここにいる人間が吸い込まれないように結界をはれ。中の陣は私がやる。殿下たちは少し下がっていてください」
「わかった」
レオンたちが扉から離れるのを待って、扉の前にハダル、リズモンド、サーシャが立つ。
ハダルの手がドアノブにかかると同時に、サーシャとリズモンドは結界を張った。