神殿 36
予約時間間違えました。すみません
「それほどまでに酷いとはな」
マルスの言葉は苦い。
「贄にされたのはどこの誰かはこれからの調べを待たなければなりませんが、身内でも見分けがつかないような状態です」
リズモンドが言い添える。
「なんにせよ、許される行為ではないな」
レオンが呟く。
「メルダー祭司が黒魔術を行ったのは本人も認めた事実なのですから、神殿を捜査してもいいのではないでしょうか?」
サーシャは切り出す。
「少なくとも、メルダー祭司が黒魔術に手をかけていたのは間違いありません。神殿の調査などというまどろっこしいものを待っている必要はないと思います」
サーシャはそれほど正義感も倫理観もあるほうではない。だが今回のことは、絶対に許してはならない行為だと思っている。もしメルダー祭司の言う通り、大祭司が指示したのであれば、大祭司の罪も問うべきだ。けっしてメルダー祭司の暴走というようないいわけで終わらせてはいけない。
「兄上」
レオンがマルスの方を見る。
「メルダー祭司について調べるために、神殿に親衛隊の捜査を受けるように命じてください」
この国の法律では、神殿は皇帝の下につかえることになっているので、皇太子の命令書があれば、大祭司も建前上、文句は言えないだろう。
「おそらく抵抗するだろうし混乱が起きるだろうな」
マルスの顔が険しくなる。
神殿に捜査が入ったとなれば、市民も動揺するだろう。簡単に手を出したくないというのが皇太子としての本音だ。下手をすれば暴動が起こる可能性だってある。
「我々が追及するのはあくまでも罪人であり、神ではありません。いずれにせよ、孤児院の件もありますから、このままにしておくわけにはまいりません」
レオンは強く訴える。すくなくともメルダー祭司をかばうことは神殿としてもできないだろう。
「確かにまだ、孤児院などの件については証拠が弱いですが、黒魔術の件は主犯も証拠もこちらの手にあるわけですので、文句は言えないでしょう」
ハダルが口をはさんだ。
「……そうだな」
マルスは頷く。
「命令書を出そう……ところでレオン、大祭司が主犯だった場合、神殿を解散させるつもりか?」
「神殿の組織そのものについては解体すべきですが、信仰をさまたげるつもりはありません。そもそも大祭司がいなくても神はいるのでしょうから。場合によってはアリア・ソグラン嬢の力を借りる必要があるかもしれませんが」
光の聖女であるアリア・ソグランは、民に人気がある。彼女が皇室に忠誠を誓えば、信者に敵とみられることはないだろうとレオンは考えているのだ。
「……ソグラン嬢と結婚するつもりはないぞ」
マルスが念を押す。
「どうしてもというなら、お前が代わりに頼む」
「嫌です」
レオンは首を振る。迷いのない拒絶だった。
いつものレオンなら頷かないまでも、即答はさけたはずだ。サーシャは意外に思う。
「そもそも結婚を条件にしたら、彼女の協力は得られないでしょうね」
マーダンが横から口をはさむ。アリア・ソグランは幼馴染であるエリラーク・ザバンアントとわりない仲のように見えるということだろう。
「ふうん。なるほどな」
マルスは手元の紙にさらさらと文字を書き、レオンに渡した。
「命令書だ。ただちに親衛隊も準備してくれ。それからルーカス、レオンに協力を頼む」
「承知いたしました」
その場にいた全員が皇太子に向かって頭を下げた。