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神殿 35

 ブリックス伯爵は無事朱雀離宮へと運ばれた。

 宮廷の医師の診察を受けたところによれば、まだ安静の時期ではあるが、移動によるダメージはほぼなかったらしい。

 ラナス広場のほうは武器を所持していた人間が何人かみつかり、現在調査中だ。それ以外のその場にいた人間も一通り話は訊いている。

 ギガースを召喚した陣については、塔が調べることになり、ルーカス・ハダル主導のもと、サーシャやリズモンドだけではなく宮廷魔術師が総出で行われることになった。なにしろ、国を滅ぼしかねない召喚術だ。

 ラナス広場に顔を出した後、離宮に戻ったレオンは、クレア・ランバートの調査報告書に目を通した。

 クレア・ランバートは、もともとは豊かな商家の生まれで、ランバート前伯爵に望まれて後妻に入ったようだ。かなり年の離れた相手であったためランバート伯爵家の周囲では反発があったらしい。現ランバート伯爵とは折り合いが悪く、ランバート前伯爵が亡くなったあと、彼女はすぐに伯爵家を出た。その後は社交界から姿を消したものの、ブリックス伯爵をはじめ何人かの男性が屋敷に通っていたようだ。その中にグレック・ゲイルブ大祭司の名もある。

「……引っ張るにはまだ証拠がないな」

 クレア・ランバートかその屋敷の人間の誰かが、ブリックス伯爵家の御者に毒物を渡したと思われるが、まだブリックス伯爵からはっきりとした話が聞けていない。大物が控えている可能性を考えると、安易に踏み出すことは危険だ。

 レオンは小さくためいきをついた。



 早朝に皇太子を交えて親衛隊の報告会がひらかれることになり、レオンが会場に着くと、ルーカス・ハダルとサーシャ、リズモンドは既に座っていた。

「顔色が悪くないか?」

 魔術師の三人が三人とも顔が青白い。眠っていないせいか、目の下にくまもできている。

「嫌なものを見ましたので」

 レオンに問われ、代表してハダルが答える。

「そんなにひどかったのか?」

「調査に居合わせた全員が吐いたくらいですから」

 ハダルは肩をすくめる。

「説明は一度にしたいので、会議の時にお話しします」

「わかった」

 疲れだけではないのだろう。

 術には贄が必要だとサーシャは言っていた。魔術師たちは親衛隊の隊員ほど死体に慣れているわけではないということを差し引いても、普段は知的好奇心の方が優先するサーシャが青ざめているというのは、相当酷い状態なのだろう。

 やがて皇太子であるマルスが入ってきて、会議が始まった。

「まず、ラナス広場での襲撃ですが、武器を所持していたものを十人ほど確保しました。服装、年齢などは様々で、彼らは大金をもらい騒ぎを起こそうとしていたそうです。金を支払ったのは、神殿の司祭だと言っております」

 マーダンが確保した人間の資料を配りながら説明する。

「奴らは群衆をつかって騒ぎを起こし、どさくさに紛れて馬車を襲う計画でした」

「……神殿の司祭か」

 マルスが眉根を寄せる。

「実行部隊のうち、何人かが孤児院の出身者であることがわかっております。神殿が育てた戦闘員のようです」

「つまりレオンが考えていた通りというわけか」

「そうですね」

 レオンは頷く。孤児院で特殊訓練を積んだ孤児たちが、神殿の駒になる──それが現実の話だと証明されたことになる。

「ということは、ギガースが現れたというのも」

「それはわかりません」

 マルスに話を振られ、ハダルが答えた。

「ギガースの召喚に使われた陣は、道から少し離れた場所です。陣の周りには二十名の人間が倒れていました」

 ハダルは言葉を継ぐ。

「生存者は二名。召喚の贄として死んだと思われる干からびた死体が十五名。残りの三名はギガースに殺戮されたと思われる酷い状態でありました」

「生存者?」

「はい。いずれもかなり重症ではあります。そのうちの一人はメルダー祭司でした」

「なんだって?」

 マルスが驚きの声を上げた。

「メルダー祭司が、ギガースを召喚したのか?」

「主に術を施したのが誰であるのかは、これから調べなければわかりませんが、魔素を分析すればあきらかになるでしょう」

 ハダルは首を振った。

「メルダー祭司は召喚したギガースに襲われたと息も絶えだえに告白しました。そして、大祭司に命じられて召喚を行ったと。もうひとりの方は意識はありません」

 ハダルは大きく息を吐いた。

「なんにしても、亡くなっていた贄以外の五名については、神官服をきておりました。おそらくギガースにやられたと思われる者たちは、自分たちは死ぬつもりはなかったと思われます」

「それは、どういうことだ?」

 レオンが尋ねる。

「ギガースが召喚した人間を襲うとは思っていなかったのでしょう。あわよくば操ろうとでも考えていたのかと」

 リズモンドが答えた。

「なるほどな」

 マルスが頷く。

「召喚と使役は違うことを彼らは知らなかったのでしょう。なんにせよ自ら招いた報いだったということなのかもしれません」

 ハダルが苦く笑う。

「黒魔術がなぜ禁忌なのかを改めて思い知りましたね」

「……二度と見たくありません」

 ハダルのあとにサーシャが呟く。

 気丈なサーシャですら、思い出すのも嫌な状態だったということだろう。

「正直、うちの人間の半数があまりの光景にぶっ倒れましたからね。しばらく宮廷魔術師は人手が不足しますよ」

 ハダルはそういってため息をついた。 


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