神殿 33
ラナス広場を出ると、馬車は街の喧騒から離れ、小さな雑木林に入った。朱雀離宮はこの林を抜けたところにある。
こちらにもあらかじめ親衛隊の人間が配置されているが、広場ほど厳重ではない。
サーシャは御者台の隣に座ったまま目を凝らす。
エーテルが微妙に流れている。
もちろん自然の状態でもエーテルは動くものだが、これはそういった類のものではない。術の為に陣を描いた時に辺りが揺らいでいるという感じだ。
遠隔地に陣を描いた場合、こんなふうに動くことはない。
─何かが来る。
ブリックス伯爵個人を狙ったとしても、馬車には結界が張ってある。ましてすぐそばにはリズモンドがいるのだ。遠距離の攻撃など怖くはない。
林に入ってしばらくしたところで、魔術の気配があった。
「右前方に大きな力が!」
サーシャが叫ぶ。
みたことのない術の魔素が流れてきた。
「警戒しろ! 何かが来る!」
レオンが抜刀して、林の奥を見る。
ボキボキと木が折れる音が近づいてきた。
「何?」
人の三倍はあろうかという、巨大な生き物だ。上半身は人間だが、下半身は蛇でできている。
「ギガース?」
かつて神と戦ったと言われている巨人だ。神との争いに敗れ、地中に姿を消したと伝えられる。人の姿をしているが、非常に好戦的で、この世のすべてを憎んでいるという。
「なんで、こんなものが」
ギガースは大きな棍棒をふりあげ、こちらに向かってきた。目は赤く血走っていて、大きく咆哮を上げた。
レオンは目の前に現れた伝説の巨人を騎士たちとともに取り囲んだ。
「殿下! 魔術を使ってはいけません! 奴は吸収します」
後方から、リズモンドの声が聞こえる。
振り回す棍棒をよけ、レオンはギガースののたうつ下半身である蛇を切り裂いた。鮮血が飛び散る。ギガースは吠え、レオンめがけて棍棒を振り下ろしたが、レオンはすんでのところでかわす。
「遅くて固くないのは幸いだな」
「殿下!」
「馬車を先に行かせろ」
レオンは言いながら、馬から降りて、ギガースを林の中へと誘い込む。
ギガースは体が大きいため、林の中ではさらに動くのに時間がかかる。力ではかなわないが、スピードは圧倒的に人間の方が速い。
傷を負わされたギガースは怒りのため、レオンしか見えなくなっているようだ。
ギガースは棍棒を振り回しながら、レオンを追う。
「筋力増強!」
ギガースの後ろからサーシャの声がした。
レオンの四肢に力が宿った。
レオンは強化された脚力でギガースの後ろに回り込んだ。そして飛び上がって肩に飛び乗ると、首に剣を突き立てる。
ギガースは絶叫を上げた。
レオンが飛び降りると同時に、ギガースも大地に倒れ込む。
「大丈夫ですか、殿下!」
「ああ」
駆け寄ってきたサーシャにレオンは頷く。
「先に行けといったのに」
「馬車は先に行きましたよ」
しれっとサーシャは答える。
「無謀なのは、殿下で私ではありません」
「……君に言われる日が来るとはな」
レオンは苦笑した。