神殿 29
遅刻すみません
朱雀離宮に戻ると既に空が白み始めていた。
馬車を降りたレオンは当番の兵を呼び、アリアたちの部屋を用意するように命じると、そのまま執務室へと向かう。
「殿下、私も一緒に」
「アルカイド君は休め」
レオンは親衛隊の責任者であるから、不在の間に何があったのか確認をする必要がある。
だが、サーシャは違う。ここまでは護衛だから仕方ないとしても、休めるときに休むべきなのだ。
「君はまだ病み上がりだ。夜明けまでまだわずかに時間がある。これから忙しくなるのだから、無理をするな」
「ですが」
「私も報告を読んだら休む。さすがに朝からこの時間まで動きどおしだったからな」
「……わかりました」
渋々頷いて部屋に戻っていくサーシャを見送り、レオンは部屋に戻って、魔道灯をともした。
この時間、当番兵以外は休んでいる。
夕刻までの調査は書類にして提出することになっているので、急務でないのに人を呼ぶこともない。
レオンは椅子に座り、机の上に置かれている報告書を手に取った。
帝都内では毎日事件が起こる。ささいな喧嘩から強盗、収賄など多岐にわたる。
「ブリックス伯爵の意識が戻った?!」
レオンは思わず叫んだ。
昨日の夕刻、グランドール医師からブリックス伯爵の意識が戻ったという報告だった。
ただし記憶が混乱している状態で、聞き取りはあまり進んでいないらしい。
事故当日のことはほぼ思い出せないのだが、どうもクレア・ランバート前伯爵夫人と何らかの約束をしていたことは覚えていた。
「クレア・ランバートか……」
ランバート前伯爵の後妻で、伯爵の息子と同い年ということでかなり社交界で話題になった女性だ。
三年前、前伯爵が亡くなってからは、かなりの遺産をもらって伯爵邸を出たと聞いている。
その後は社交界に出てくることはなく、どこで何をしているのかレオンは知らない。
ランバート家に後妻に入ったのは遺産目当てだと言われていたし、事実贅沢好きだった。ただ、光の神フレイシアへの信仰はかなりのものだったという噂だ。
ブリックス伯爵との接点は信仰であろう。
まだ確定ではないものの、メリトン宝石商でブリックス伯爵に同行していた女との特徴と一致する部分がある。
「なんにせよ、ブリックス伯爵の警備を増やさねばならんな……」
ブリックスを事故死させようとした相手は、再び命を狙うかもしれない。
「……やらなければならないことが多すぎるな」
レオンはため息をついて、ソファに横になると、疲れていたのか、あっという間に眠りに落ちる。
窓から朝の光が差し込み始めていた。
レオンは仮眠を終えると、親衛隊の幹部とサーシャとリズモンドを招集した。
レオンが朱雀離宮を離れたのはたった一日であるが、事態はかなり動いている。事がかなり大きくなってきているからこそ、情報の共有が重要になってきているのだ。
会議室に入ってきたのは、マーダンとリズモンド、サーシャのほかにミルダにジルという隊員が加わっている。
「バーソローの神殿は、完全に『黒』だった」
レオンが周りを見回し、話し始める。
「神官は慌てて逃走したようだった。普段は魔石を秘密裡に作っていたようだった。それから、ここを襲ったのは間違いない。残っていた魔素をアルカイド君が回収している」
「結界破りの陣と黒魔術の陣を発見しております。いずれも最近使用されたのは間違いありませんでした」
サーシャがレオンに続いて答える。
「バーソローの村や街道を通らず、遺跡の転移陣を利用していた。むろんその方が帝都への移動は早い。単純に早さだけを求めたのか、それとも人目を忍んでいたのか、判断は難しいところだが」
レオンは首を振った。
「何にせよ、金銭がかなり動いていた。あれだけの取引を、バーソローの神官の一存で出来るとは思えない。現在カリドが調査をしている。人数が必要なので、追加でエイドの隊を送りたい」
「承知しました」
マーダンが丁寧に頭を下げた。
「それで孤児院の件はどうなった?」
「どうやらメルダー祭司の管轄のようです」
レオンの問いに、ミルダが答える。
「大祭司の主流派だな」
「そうですね」
ミルダは頷いた
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