鳳凰劇場 11
短めですみません。
「ところで夫人、このアルカイド君は、優秀な魔眼持ちでね」
レオンはサーシャの方を見て、軽く目配せをする。
「一緒に行った侍女をここに呼んでもらおうか」
「どういう意味です?」
「関係者全員、確認をしているのだ。拒否すれば、犯行に関与しているとみなすが?」
レオンは笑いを含んだ声で告げる。
「なぜです? 私どもよりよほど公爵家に行かれるべきでは?」
夫人はふっと口元を緩める。
「もう行ったさ」
レオンは笑う。
「アルカイド君、説明を」
サーシャは頷いた。
「ラビニア・エドンさまは無実です。階段付近に残っていた魔素は明らかにラビニアさまのものではありませんでした」
サーシャは言いながら眼鏡をゆっくりと外す。虹色に光る瞳を夫人に向ける。
夫人はサーシャの視線にややたじろいだようだった。
「ご夫人は無実でしょう。侍女の方を呼んでください」
「何なのよあなたは! ただの魔術師のくせに。無礼な!」
「殿下の御前で、そのような物言い、ご夫人の方が無礼でありましょう」
サーシャはにやりと笑って見せた。
サーシャだけであればともかく、レオンは皇子だ。サーシャは皇子の意向で動いている。
侯爵夫人としても、聞かぬわけにはいかないはずだ。
「侍女をここに呼ぶのは殿下の命令です。さらに既に無実であることが確定しているラビニアさまを貶める言動、意図的にエドン公爵家を害そうとなさっているように思います」
「なんですって」
「今回の事件、アリア・ソグラン伯爵令嬢が襲われた事件ではありますが、犯人は、ラビニアさまに疑いを向けるために策をろうしております。証拠が何もないのに、たくさんの噂があっという間に流れたのもそのせいだと思われます」
サーシャは息を継いだ。
「重ねて申し上げますがご夫人自身は無実でしょう。ですが、ご夫人ならご自身の手を汚さずとも事件に関与できるのではないでしょうか?」
「何を言っているの? 私がなぜアリア・ソグラン伯爵令嬢を襲う必要があるの? 彼女は『聖女』なのよ?」
「ソグラン嬢を襲うことで、エドン公爵家の評判を落とし、ラビニアさまを婚約者の座から引きずり落とすおつもりだったのでは?」
「なんですって!」
夫人は激高して立ち上がった。
「アルカイド君、少し煽りすぎだ」
コホンとレオンが咳払いをする。
「グレイス・ビルノ侯爵夫人。侍女を呼んでくれるかね? 協力をしてくれない場合、アルカイド君の推論は正しいと結論付ける」
口調は穏やかだが、言っている内容はサーシャの意見を肯定しているだけだ。
「……すぐお呼びします」
夫人は表情を消して、部屋を出て行った。
侍女は無実だった。
レオンはラビニア・エドンの無実を今一度、ビルノ夫人に念を押し、侯爵家を出た。
「モリア・セリン子爵令嬢が怪しいですね」
馬車に揺られながら、サーシャは顎に手を当てる。
「たぶん、大本命だろう」
レオンが頷く。
「アルカイド君クラスではなく、ラビニアよりは優秀。その条件に含まれる魔術師は五万といるが、アリア・ソグランには劣るが実力者でもある彼女はかなり疑わしい」
「では、セリン子爵家に?」
「いや、まずは外堀を埋めたい。というか、共犯者を探したい」
レオンは顎に手を当てた。
「共犯者は、たぶん神殿の意思を受けていると思われる」
「神殿?」
「ああ。ラビニアの評判が落ちれば、当然アリア・ソグランが兄上の婚約者となる。そうなれば、神殿派は政治的に大きな力を持つことになるだろう」
「しかし、万が一アリア・ソグラン伯爵令嬢が怪我をするようなことになったら、本末転倒ではないでしょうか」
いくらアリアが優秀だとはいえ、必ずしも術が間に合うとは限らない。
「ひょっとしたら、イーサン・ロバルの他に、術を使える人間を配置していた可能性もなくはない」
「なるほど」
少なくともラビニアの名を叫んだ女性が一人階段のそばに立っていたのだ。
その女は姿を消したが、イーサン・ロバルがおらず、アリアが呪文を唱えていなければ、颯爽と助けに入ったことも考えられる。
もっともそうだとすれば、実行犯側と一枚岩だといえないかもしれない。
「つまり、殿下は、実行犯より、ラビニアさまを陥れようとした奴らのほうが、問題だとお考えなのですか?」
「そうだ。証拠が少ない分、簡単に逃げ延びられるだろう。逃がしてはならないのは、そちらの方だと思っている」
レオンは大きく息をつき、車窓に目をやった。




