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神殿 28

 四人乗りの馬車にレオンとサーシャ、それからアリアたちが一緒に乗ることになった。

 レオンとサーシャが並んで座り、対面にアリアたちが座る。

 サーシャとしては、レオンの隣に座ることに多少抵抗はあったが、この場合は仕方がない。

 アリアたちは容疑者ではないが、それでも信頼のおける相手とは違う。

 レオンが一緒の馬車に乗ったのはおそらく取り調べを兼ねてのことだが、安全とは言い難い。

 相手は光の魔術師にしてこの国の『聖女』だ。何か仕掛けてきたとしたら、サーシャと言えども苦戦するだろう。

 サーシャは表面では無表情を装いながら、気を引き締める。

「君はエリラーク・ザバンアントだな?」

 馬車が走り出したところで、レオンが口を開いた。

「あ……はい」

 男が頷く。

 焦げ茶色の髪と瞳で、それなりに整った顔立ちだが、ぱっとしない外見をしている。目の下にはクマがあり、疲労の色が濃い。

 緊張をしているのか、どこかぎくしゃくしている。

「殿下に名前を憶えていただいていたとは、光栄です」

「さすがに首席で外務局に入った人間くらい知っている」

 レオンは軽く肩をすくめた。

 ザバンアントは伯爵家の三男で、外務局に入ったのは二年前。将来を期待されている文官だ。いまはまだ役職にはついていないが、語学も堪能なため重宝されているらしい。

「それで、ザバンアント君とソグラン嬢はどういう関係なんだね?」

 レオンの口調は世間話でもしているかのようだ。

 ザバンアントは、幾分ほっとしたらしく顔のこわばりが少し緩む。

「幼馴染です」

 アリアと同じ答えだ。

──つまり幼馴染なのは間違いないってことね。

 ザバンアントはレオンの前で嘘をつけるほど余裕があるようには見えない。

「少なくとも、幼馴染の域を越えるような関係ではありません。一緒に逃げていたのは、彼女が私に同情してのことですから」

 きっぱりとした口調だ。

 アリアは現在、皇太子の婚約者候補である。

 他に恋人などいたら大問題だ。

 アリアは何か言いたそうだが、ザバンアントがそっと目で制止する。

「追っていたのは?」

「神殿に雇われた者でしょう」

 ザバンアントは答える。迷いがない。

 疑いではなく、確信があるということだろう。

「なぜ追われている?」

「私が神殿の意志に逆らったからです」

 ザバンアントは大きく息をついた。

 目の下にはクマがあり、疲労の色が濃い。

「情報を流すように言われました」

「情報とは?」

 レオンは先を促す。

「外務局が集めている周辺国についてのことです」

 外務局では様々な情報を集めている。周辺国の政治情勢から危険人物や組織までありとあらゆるものだ。

 機密情報が多いため、外務局で勤めるには成績だけでなく身元調査も行われる。

「……最初はとるに足らないことを聞かれただけでした。ですが、次第に機密を教えるように言われ、拒否すると嫌がらせを受けるようになりました」

 最初は嫌味を言われる程度だったらしいが、次第に実害をうけるようになり、さらにはザバンアント家の人間全員を破門すると言われた。

「私の母は熱心な信者です。私のせいで破門になればいったいどう思うか……ですが、私も官吏としての矜持を捨てるわけにはまいりません」

「上に相談するという選択肢はなかったのか?」

「たわいもない情報とはいえ、既に情報を流しておりました。私は……怖かったのです」

 八方ふさがりで、死を覚悟したザバンアントは、たまたまアリアと再会した。

 あまりに様子のおかしいザバンアントを不審に思ったアリアは、彼を問い詰めた。

「……それで、彼女が一緒にこの国を出ようと言ってくれたのです」

「どうして一緒に?」

 この国を出るなら一人で逃げる方法もあったはずだ。二人が恋人であるならともかく、ただの幼馴染といっしょに普通は逃げない。

 サーシャは首を傾げる。

「私が一緒なら滅多なことは神殿もしないと思ったからだわ。それに一人にしておくのは危なかったもの」

 アリアが口を開く。

 アリアは神殿の広告塔だ。神殿としてもアリアに傷をつけるようなことはしないはず──そうアリアは考えた。しかもザバンアントは精神的にかなり追い詰められていて、一人では自死を選ぶ可能性も高い。

「国外まで彼を送ったら、ソグラン嬢は帰ってくるつもりだったのか?」

「いえ──戻る気はありませんでした」

 アリアは大きく息を吐く。

「ソグラン家は経済的にかなり厳しく、神殿の援助で今までなんとかやってきました。ですが、そのせいで私は神殿の意向に逆らえなくなってきました」

 聖女という名のもとに担ぎ上げられ、皇太子の婚約者候補になるように命じられたアリアに拒否権はなかった。

「マーベリック元祭司が言っていた。君は大祭司のコントロール下にあると」

 マーベリックがアリア・ソグランを聖女にすることを反対していたのは、アリアと神殿の関係を不審に思っていたからだ。

「否定はしません。私は、私に光の加護があるとわかった時から、グレック・ゲイルブ大祭司の駒になりました。そうでなければ皇太子殿下の婚約者候補なんてなりません」

 いくら神殿が後ろ盾になるとはいえ、エドン公爵家に喧嘩を売りたくはなかったと、アリアは苦笑いをする。

「皇太子殿下と話せば話すほど、みじめになりました。殿下は私を聖女として敬ってくださったけれど、本心では困っていらっしゃっているのがまるわかりで……」

 神殿に配慮し、決してぞんざいにあつかうことはなかったが、心は全く伴っていなかったとアリアは感じていた。

「兄上はラビニアに惚れている。もっとも神殿と貴族派のどちらと組むか考えはしたとは思うが」

「……殿下は私にとどめをさすおつもりですか?」

 アリアはため息をつく。

 皇太子がみせたアリアへの優しさが『計算』だったと指摘されたようなものだ。

「殿下は事実を述べているだけだと思います」

「あなた、ひょっとしてフォローをしているつもりなの?」

 アリアは眉間にしわを寄せる。

「いえ。私がソグラン嬢をフォローしなければならない理由はありませんから」

 サーシャは()()()に悪意がないことを伝えただけだ。

「それで君たちは今後どうしたい? 証人になる気があるなら、安全を保障するが」

 レオンがコホンと咳払いをする。

 事情聴取さえすれば、二人は自由になれるが、おそらく神殿の手の者に追われることになるだろう。

 実際のところ、選択肢はないに等しい。

「わかりました。他に方法はありませんね」

 ザバンアントは頷いた。

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