神殿 27
レオンが親衛隊の人間を呼びに行くことになった。
サーシャとしてはレオンと別れることは避けたかったが、この場合致し方ない。
サーシャは逃げようとするアリア・ソグランとその連れの男性を風の魔術で縛り付け、自分の倒した輩を一か所に集める。
上級魔術師であるアリアは抵抗したが、光の魔術以外なら、サーシャの方が上手だ。
「私は何も悪いことはしていないわ。どうして捕まらないといけないの?」
「逃げないと確約するなら術を解きますよ。あなたが犯罪に巻き込まれていたようにお見受けしたので、あちらの者たちを倒しました。そのあたりの事情をお話しいただかないと、私が罪に問われることにもなりかねないので」
サーシャは肩をすくめた。
「そもそもここから逃げて、どこに行かれるおつもりですか? お屋敷に戻られるのであれば、お話をお伺いした後、お送り出来ると思います。それとも神殿の方がよろしいでしょうか?」
「あなた……」
アリアの顔に怒りの色が浮かぶ。
「夜逃げなのか、駆け落ちなのか存じませんが、隠れたいのであれば、私たちと行動するほうが賢いはずです。この帝国の中で、朱雀離宮ほど神殿と無関係な場所はありませんよ。ソグラン嬢の魔力なら塔で保護してもかまわないのですが、警備という点では、朱雀離宮に敵う場所はありません」
「言いたいことはわかるけれど、あなた、前から本当に嫌味な人ね」
アリアはため息をつく。
どうやら前に聞き込みに行ったときのことを言っているようだ。
「嫌味を言った覚えは一度もないのですが」
確かにサーシャはアリアに好意的だったとは言い難い。
あの時はラビニアを犯人だと決めつける発言を繰り返すアリアに、事実を突きつけただけだ。今だって、特に嫌味など言っていない。あくまで合理的な考えを述べただけだ。
今だって、普通に考えたらベストな考え方を述べたに過ぎない。
「私をそんな風にぞんざいに扱うひとがこの国にいるなんて」
アリアは不満げだ。
「ソグラン嬢が光の魔術師で聖女だというのは存じております。希少な治癒の使い手であられる。そこは尊敬いたしております。ですが、人間として尊敬できるかとなるとまた別の話です」
サーシャは息を継いだ。
「ほぼ婚約が決まっていた皇太子とエドン公女の間に突然割り込み、この国のパワーバランスを崩そうとなさる。宮廷魔術師として、あなたを尊敬できるとお思いですか?」
「私だって好きでやったわけではないわ」
アリアの体が怒りのためか震えている。
「わかります。ですから逃げようとなさっている」
少々意地悪くサーシャは笑んだ。
「そちらの男性はソグラン嬢の恋人ですか?」
「……幼馴染よ」
アリアはつっけんどんに答えた。
「ちなみにどちらに行かれる予定で?」
「どこだっていいでしょう?」
アリアは不機嫌に言い放つ。
「……まあいいでしょう。殿下がおいでになりましたし」
レオンが親衛隊を引き連れてやってきた。
馬車が二台と、騎馬隊が三騎だ。人数が思ったより少ないのは脅威は去っていると考えてのことだろう。
「アルカイド君、大丈夫か?」
ひらりと馬から飛び降りたレオンがサーシャの傍に歩いてくる。
「私は何も。ソグラン嬢が逃げようとなさるので、引き留めておりました」
「引き留めるって、何よ。拘束でしょう?」
アリアは不満を隠さない。
「その程度で済んでよかったと思うことだ。アルカイド君はいろいろ加減が苦手なところがあるから」
レオンがわずかに口の端を上げる。
「逃げようとするということは、後ろくらいことがあるのだろう。本当に追われていて困っているのであれば、朱雀離宮に来ることは渡りに船だと思うがね」
「このようなことをなさって、許されるとお思いで?」
アリアがレオンを睨む。
「兄の婚約者候補が男と連れ立って逃げているということは、許されると思っているのか?」
「……それは」
アリアは何も言えなくなったようで黙り込んだ。