神殿 26
そこは、帝都北門からほど近いライファの森だった。
街道からも近い。
外は既に暗く、たどり着いた城門は既に閉まっていた。
「しまっていますね」
エディルがぐったりとした顔をする。
通常ならば、この門は朝まで開かない。彼が思わずうなだれてしまうのは、当たり前なのかもしれない。
「アルカイド君」
「はい」
サーシャは、青い色の光玉を城壁上部に打ち上げた。
青色の光玉は、役人が開門を求めているという合図だ。
ほどなくして、門扉がゆっくりと開かれた。
「ええ? こんなに簡単に開くのですか?」
「緊急時に限ります。夜間の開門は必ず審議の対象になりますので、一般の人が同じことをやれば軽くて罰金刑ですから」
驚いているエディルにサーシャが解説する。
「役人だって、夜間に門を開いたとなると、うんざりするくらい書類を書かされます。まあ、今回は必要ないでしょうけれど」
「アルカイド君が望むなら、いくらでも書いてもらうが?」
レオンの口角がわずかに上がる。
「遠慮いたします」
門が開くと、帯剣した兵が二人現れた。
一人は若く、もう一人はかなり年配だ。規則上、二人一組で行動することが決まっているのだろう。
若い方がランプを手にしている。
「所属と氏名を」
「親衛隊のレオンだ」
「身分証明書は?」
若い兵はマニュアル通りにランプを掲げて、手を差し出した。
「で、殿下?」
年老いたほうの兵がレオンの顔を見て、驚きの声を上げる。
「え、殿下って、まさか」
動揺する兵たちに、サーシャは頷いて見せた。
「失礼いたしました!」
兵たちはあわてて、敬礼をする。
「開門記録書に記名したいのだが」
「はい。では詰め所のほうへどうぞ。トーマス、お前は先に行って用意を」
「承知いたしました」
若い方の兵が慌てて門のすぐそばにある詰所へと走って行き、年配の方の兵が先導する。
「殿下でしたら、何もご記名いただかなくとも」
「名前を書く時間がないほどではない。それよりも、馬を用意してくれ」
「何頭必要でしょうか?」
「一頭でいい」
詰所に入ると、帳面を持った若い兵がカウンターに立っていた。
カウンターの向こうには執務机があり、書類の入った棚がならんでいる。部屋の奥には扉が二つ見えた。
案内を終えると、年老いた兵の方は馬を用意するために出て行った。
「悪いが、一人ここで一晩預かってくれないか?」
帳面に記入しながら、レオンは若い兵の方に話す。
「おひとりですか?」
「ああ。明朝、親衛隊の人間をよこす。怪我をしているから一応、手当もしてやってくれ。証人だから、丁重に扱ってほしい」
「承知いたしました」
トーマスと呼ばれた若い兵は署名を確認すると、カウンターの脇の出口から出てきて、エディルを迎え入れる。
エディルは正確には証人ではない。だが、罪人とする証拠もない。
証人としての扱いが適当と、レオンは判断したようだ。証人ならば、牢に入れることはないが、逃走せぬように見張ることはできる。
「そちらのお嬢さんはどうなさいますか?」
「私と一緒に行くから構わない」
気を利かせたトーマスの質問に、レオンは答える。
──ということは私も馬に乗るってことよね……。
サーシャは内心ため息をつく。
「アルカイド君、嫌なのかい?」
「ええと。いえ、大丈夫です」
レオンに顔を覗き込まれてサーシャは慌てて首を振った。
嫌だといえば、レオンはサーシャを伴わずに一人で行くだろう。レオンはそういう人間だ。それは絶対に避けなければならない。
サーシャはレオンの護衛なのだ。
事態の緊急性を考えれば、馬車より馬の方が速い。
レオンの選択は理解できる。
「馬のご用意が出来ました」
外から声が聞こえたのを合図に、レオンは外へ出た。
鹿毛の馬がそこにいた。
既にくらがつけられており、いつでも出発できるようだ。
レオンはサーシャを馬に乗せ、自分もひらりと飛び乗った。
「世話になった。証人を頼む」
「承知いたしました」
二人の兵が並んで見送る中、レオンは馬を走らせ始めた。
サーシャなら街の一区画を昼間のように光で照らすことも可能だが、そこまでする必要がないので、前方が見える程度の光玉を呼んでいるので、かなり安全に走っているはずだが、正直言ってサーシャは周囲を見ている余裕は全くなかった。
前回、宮殿に向かった時とは、距離が違う。
北門から朱雀離宮は比較的近いが、それでも、宮殿と朱雀離宮の距離の三倍はあるのだ。
──怖がっている暇はないのに。
レオンにしがみついている状態なので、どっちが護衛なのかわからない。
「殿下?」
突然馬の速度が落ちたのを不審に思って見上げると、「人だ」とレオンが前を顎で指す。
前から人が走ってくる。二人だ。
かなり後ろを気にしているように見える。
「あれは、アリア・ソグラン伯爵令嬢では?」
「そうだな」
レオンも頷く。
言っているまに、二人の跡を追いかけている数名の人間が見えた。
「追われているようですね。おろしていただけますか?」
「ああ」
サーシャとレオンは馬からおりた。
レオンが二人に向かって走るのを視界にとらえながら、サーシャは追跡者の方を向いた。
「雷撃」
サーシャの呪文とともに、天から雷が落ちる。
光のきらめきが消えると、追跡者たちは地に伏していた。
「アルカイド君?」
「たぶん死んではいません」
サーシャが首を振ると、レオンはため息をついた。