神殿 25
「目を閉じていてください」
サーシャとレオンは向かい合わせに転移陣に入った。
わずかに浮遊感を感じる。
それはあくまで錯覚で、実際に浮いているわけではない。
転移陣は空間を捻じ曲げてつなげる魔術だ。
転移に要する時間はほんの一呼吸ほど。不安定な空間を通る瞬間に浮いていると感じるのだ。
「閃け!」
転送が終わるタイミングで、サーシャは光玉に魔力を送る。
あたりが真っ白になるほどの光度に悲鳴がおきた。
「風の刃」
まだ視界がきかないうちに、悲鳴のした方角めがけてサーシャは広域な攻撃魔術を繰り出した。
さらなる悲鳴がおこる。
光がやわらぎ、視界が戻ってきた。
岩壁の天井はあまり高くない。
どうやら岩窟のようだ。
サーシャが魔術を繰り出した方角に、男がうめき声をあげている。
命に別状はなさそうだが、腕に術が当たったらしく、かなり出血している。
椅子に座っていたらしく、椅子も一部切断されて転がっていた。
他に人はいない。
虫の声が遠くで聞こえるところをみると、それほど大きな岩窟ではなさそうだ。
転移陣から離れた場所に、樽などが積まれている。やはり生活物資をここから運んでいたのかもしれない。
「動くな」
いつの間にか抜刀したレオンが、うめいている男を取り押さえた。
神官服を着ている。だが、腰には剣を持っていた。
その間にサーシャは探知の呪文を唱え、他に人がいないことを確認する。
「殿下、こいつ、どうするのです?」
「しばらく置いておくしかないな」
レオンは男の手首と足を縛った。
「だ、誰だお前らは」
「そっちが名乗る気があるのなら、お教えしないでもありませんが」
サーシャが首をすくめる。
「ここで一体あなたは何をなさっていたのです?」
「……」
男は答えない。
「まあ、その程度の傷なら数日たっても死ぬことはないだろう。行くぞ、アルカイド君」
レオンは男に興味を失ったらしく、虫の声のする方角へと歩き出す。
「待ってくれ!」
男が悲鳴を上げる。
「おれは、神官のエディン・ジエルだ」
「わかりました。では、神殿のほうにご連絡しておきますね」
サーシャはにこりと微笑する。
「待ってくれ」
男、エディルは怯えているようだ。
「何をしていたのか話してもらえます?」
「念のため見張っていただけだ。まだここに物資が残っているから」
エディルが奥にある物資の方を見る。
「この物資は、バーソローの神殿に運んでいくものですか?」
「ああ、そうだ」
「なるほど」
サーシャは頷く。
「バーソローから撤退したものの、ここに残っている物資はもったいないから回収したいということか」
レオンは顎に手を当て呟いた。
「バーソローの神殿で一体何をしていたのです?」
「それは……」
エディルは言いよどむ。
「数日前、十人以上の人間がバーソロー神殿にいたことは間違いないのですけれど?」
「どうして、それを」
エディルは言ってからしまったという顔をした。
「朱雀離宮を遠距離攻撃した証拠もありました」
「……」
エディルは沈黙する。
「おれは……魔力がないからやってない」
「他の人がやったのは認めるのですね?」
サーシャに突っ込まれて、エディルは渋々認めた。
「……ところで、ここはどこだ?」
「ルーファの森だ」
ルーファの森は帝都の北門の近くだ。バーソローからかなり離れた位置にある。
「約束だ、これを使え」
レオンが胸元から、膏薬の入れ物をとりだし、手首を縛ったままの男の手にのせる。
「道案内をするのと、ここに転がっているのと、どっちがいい?」
「え?」
エディルは惑っているようだ。
拘束されたままここにいるのと、二人について行くことのどちらが彼にとって安全なのか考えているのだろう。
「わかりました。案内しますから」
エディルは観念したらしかった。