神殿 24
転移陣を張るには、術者がよく見知った場所とつなげなければならず、そして膨大な魔力を必要とする。
そして、たいていは一度きりだ。
朱雀離宮にある転移陣は、塔の魔術師が時間をかけて作り上げたものだ。
古代の遺跡の中にある転移陣が発見されることもある。
もっとも、たいていの場合は起動できないことが多い。
帝国各地に散らばる古代遺跡の調査は塔が行っているが、たいていは大したものはないので、そのまま放置されている。
バーソロー周辺に広がる森の奥に遺跡があることは以前から知られている。塔の調査も行われたはずだ。とはいえ、たとえ転移陣があったとしても、せいぜいがその転移先がどこかという調査をするだけだ。
調査の目的は古代王国記の失われた遺産を捜すことで、たいして害のない森の中へ移動する転移陣などは、記録するだけ。
──アーネストなら、記録とか知っていそうだけれど。
残念ながら、サーシャはそこまで遺跡に興味はない。塔の報告会で議題に上がることもあったが、サーシャは、欠伸をしながら聞いていた。
新たな発見があるならともかく、石づくりの建物のがどうとか説明されても面白くもなんともないからだ。
あくまでもサーシャにとってだが。
サーシャの同僚、アーネストは、古代王国の歴史を専門にしていて、遺跡の調査なども行っている。
「塔に戻れば、遺跡の調査結果はわかると思いますが、どうなさいますか?」
ここを放棄したと思われる神官たちの足取りを追うなら、遺跡に向かうべきだが、ここの調査もすべきだ。
また、この神殿が朱雀離宮襲撃の現場である確証を手に入れたのだから、一刻も早く神殿の意図を確認しなければいけない。
「ルドワ君。今から渡すメモを帝都の兄上に送ってくれないか?」
レオンは手帳を取りだす。
「カリドは、ここに残って、調査を続けろ。遺跡には私とアルカイド君で行く」
「まさか、お二人で森を行かれるおつもりですか?」
ルドワが驚きの声を上げる。
「このあたりにいる魔獣なら、それほど問題はないだろう」
「しかし、さすがに危険では?」
「私に何かあれば、兄上がなんとかする」
ルドワの懸念をレオンは一蹴する。
「正直、時間が惜しい。仮に転移陣が遺跡にあったとして、転移先はあまり問題にならない場所だ。そうでなければ、塔の調査の時に連絡があるだろうから。それに遺跡の転移陣なら、敵の本拠地のど真ん中ということはまずない」
「……それはそうかもしれませんが」
ルドワは、皇子であるレオンがサーシャだけを連れて森を行き、しかも犯罪者を追っていくことを心配しているのだ。
「どうして、お止めしないのですか?」
ルドワがカリドの方を見る。
「止めて止まるような殿下ではありません」
カリドは肩をすくめる。
「アルカイドさん。殿下をよろしくお願いいたします」
「はい」
サーシャは頷く。
「それでは、殿下、すぐに出発いたしますか?」
「そうだな。日が暮れる前にはたどり着きたい」
心配と呆れで意見する気力を失ったルドワにメモ書きを渡すと、レオンは頷く。
あとのことを二人に託し、レオンとサーシャは森へと向かった。
魔物が出ると聞いていたが、襲ってくる好戦的な魔物は見かけなかった。
森に伸びる道は思ったよりしっかりしていて、使用されているようだった。
「待ち伏せを食らうことはなさそうですね」
「まあ、奴らが逃げ出したのは、おそらく私たちが村に現れた前後のタイミングのようだからな」
それほど時間がたっていたようには見えなかった。
神殿に入ってすぐに追っていれば追いついたかもしれないが、そのあと、調査していた間に探査の届かない場所まで移動している。
「追われる可能性は当然考えているだろうが、待ち伏せをするなら、転移先だろうな」
サーシャが敵だとしてもそうするだろう。
転移先には遮蔽がない。狙い放題だ。
「まあ、方法がないわけではありません。相手がリズモンドやハダルさまというなら、通用しませんが」
サーシャは不敵に笑う。
「さすが、アルカイド君だ。頼りにしている」
やがて日が傾き出した頃、目の前に石柱が見えてきた。
生い茂っていた木がそこだけ、ぽっかりと穴が開いたようになっている。
人影はない。
「転移陣はあちらのようですね」
石の柱が並び立つ奥から、僅かに魔力を感じ、サーシャは先導する。
「やはりありましたね」
大地を覆う石版に、陣が刻まれている。
「それでどうする?」
「お任せください」
サーシャはにこりと微笑み、レオンと自分の背中に光玉をはりつけ、陣を起動させた。