神殿 23
「それで、アルカイド君。魔法陣はどこにある?」
「地下ですね」
サーシャは断言する。
力を感じるのは、間違いなく下だ。
「地下ですか?」
ルドワが疑わしそうな顔をする。
「ここに来るまで、下に降りる階段などは見かけませんでしたが」
「おそらく厨房あたりにあるのではないか?」
レオンが指摘する。
「食糧庫を地下に作るのは珍しくない」
「そうですね」
食糧庫に魔法陣を描いているとは思えないが、食糧庫も当然あるだろう。
「確かにまだ、厨房や食堂は見ていませんね」
ルドワも頷いた。
「よし。ここはとりあえず、このくらいにして地下へ行く」
レオンの決断で、帳簿等を回収し、食堂へと向かう。
食堂は寝室の数に反してかなり広かった。
二十人以上が入れそうだ。
広いことを除けば、簡素な長テーブルが置かれているだけで、神殿らしいと言えば神殿らしい。
カウンターで区切られた奥が厨房だ。
よほど急いでいたのか、厨房の水場には、使用した皿がまだ残っている。
「ありました」
先行していたカリドが声を上げた。
厨房の奥に、下へ延びる階段があった。
「光よ」
サーシャは小さな光を指に灯し、中に入っていく。
やはり食糧庫のようで、雑多に積まれた小麦粉の袋や、ワインの酒樽、芋やカボチャなどが置かれている。
「すごい量ですなあ」
カリドが置かれているものの量に驚く。数人が暮らしているとは思えない量だ。
「アルカイド君、魔法陣は」
「あちらの壁のむこうですね」
サーシャは何もない突き当りの壁を指さした。
周りには芋の入ったかごやら、農具が置かれている。
サーシャは眼鏡を外した。
壁のあたりに魔素がこぼれているが、それは幻影の類ではない。おそらく壁の向こうで使用した魔術のものだろう。
「たぶん、魔術の仕掛けではないと思われます。それなら、すぐにわかりますから」
「ふむ」
レオンとカリドが壁の周囲を調べ始めた。
「アルカイド君、もう少し明るくしてもらっていいか?」
「はい」
サーシャが光量を増やすと、周囲は太陽の下かのように明るくなった。
「やはり、ここだけ黒ずんでいるな」
レオンが壁の一か所を指さす。
「特に何もないようですが、触れてみましょうか?」
「ここは、私が」
カリドが手を伸ばそうとするのを制し、サーシャが壁に触れる。
すると、大した力を入れたわけでもないのに、壁が奥に押し出され、新しい空間が現れた。
「本当に、地下室が」
ルドワが驚きの声を上げる。
「まだ、入らないでください」
サーシャは魔眼でエーテルの流れを見た。
「トラップがあります」
それほど難しいものではない。
「この程度のトラップを仕掛けるくらいなら、破壊すべきだったのに」
サーシャは思わず苦笑する。
トラップは、部屋に入った瞬間に氷の魔術が発動するようになっていた。
「反転」
サーシャは氷の魔術の陣を無効化させた。
床にわずかに霜が降りたが、この程度のトラップでは、サーシャなら簡単に解除可能だ。
かなり広い部屋に、床にいくつも陣が描かれているが、もうどれも発動はしていない。
奥には魔石の原石が積まれている。魔石そのものはないようだ。小さな机もあるが、ここも引き出しが開いた状態だ。
「もう入っても構いません。陣がたくさん床に描かれていますので、できれば踏まないようにしてください」
サーシャは言いながら、魔素の収集を始める。
「朱雀離宮を襲った魔術はここで行われたのは間違いないです」
「つまり、物的証拠をみつけたということだな」
「そこの陣は、結界破りの陣、こちらは、おそらく黒魔術の陣です。魔素も残っています」
サーシャは大きく息をつく。
「これだけの証拠を残したまま逃げてくれたのは、間抜けというかなんというか」
サーシャは肩をすくめた。
「見つけられるとは思っていなかったのだろう。万が一にもトラップがあれば、大丈夫と踏んだのかもしれない。まあ、こっちにアルカイド君がいることを計算していなかったのだ」
レオンにそう言われると、サーシャも悪い気はしない。
「殿下! こちらに地図が!」
机を調べていたカリドが声を上げた。
「地図?」
引き出しの中に残っていた地図はこの辺りのもののようだ。森に伸びた道と遺跡の印。
「遺跡?」
「転移陣がある可能性が高いですね」
古代の転移陣はたいてい機能していないが、古代語を読み解けるなら、起動することも可能だ。
「なるほど。どこに通じているのかはわからないが、村に行かずとも帝都に行けるかもしれないな」
レオンは、顎に手をあて地図を見つめた。