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神殿 21

 川向うの神殿に行くためには、川港から渡しの舟に乗るしかない。

 川港が整備されたのは、主に、村の外、帝都への輸送のためだ。

 もっとも街道が整備されてからは輸送はほとんど陸路になり、現在、漁師以外はほぼ港を使用しないらしく、桟橋はかなり痛んでいた。

 神殿がここに出来てから既に三十年ほどたつが対岸の様子は変わっていないらしい。

 神殿の周囲が切り開かれているわけではなく、森の中に埋もれるような状態で維持されているとのことだ。

「対岸から神殿は見えないのですね」

 港から舟に乗り込んだサーシャは呟く。

 対岸には、森しか見えない。川幅もあって、よほど大きな音でも立てない限り、神殿が何をしているのか、村からは全くうかがうことはできないだろう。

 だからこそ、村の人間も神殿に実際何人の人間が常駐しているのかわからないのだ。

「こちらからは見えませんが、そんなに離れてはおりません」

 舟の櫂を漕ぎながら、ルドワが答える。

 舟に乗っているのは、サーシャとレオン、カリドにルドワの四人だけだ。

 それほど大きな舟ではないため、これ以上は乗れない。

 あれほどの大きな術を使用した場所に乗り込むには、あまりにも心もとない人数だ。もっとも、術をサーシャが追ってきたことは、先方は既に知っている。

 おそらく、術者は移動しているはずだ。そのままその場に残っていることは考えにくい。

 ただ、残っていたところで、集団の魔術は統制が取れている状態でないと難しいので、突然使用するのは無理だろう。つまり、サーシャの敵にはならない。

 魔術の痕跡もできうる限り消し、証拠を消そうとしているはずだ。

 むろん、レオンを『消しに』かかる可能性もゼロではないのだが、レオンがバーソローの神殿に行くことは既に皇帝に報告済みである以上、リスクの方が大きい。

──さすがに殿下に何かがあったら、神殿の責任が問われることはわかっていると思うから、何もないはずだけど。

 サーシャは、相変わらず表情の読めないレオンの顔を見る。

 いつも陣頭に立って動くレオンは、他人に守られる必要のないほど強い。

 効率の問題だけでなく、その強さゆえの行動だが、ルドワが驚いたように、普通ならあり得ない行動だ。

 ただ、神殿はもともとレオンに対して敬意を持っていない。

 神罰だのなんだのと理屈をつける可能性はある。油断は禁物だろう。

 対岸は港がなく、大きな砂利の転がった河原だった。舟は置かれていない。その奥はかなり高い位置に森が広がっている。

 河原から少し離れた場所に、舟をしまっておくのであろう、小さな小屋があった。

 雨ざらしにしておくと、舟が痛むからだろう。

 対岸につくと、舟を陸に上げた。

 あたりはしんと静まり返っていて、昼間だというのに人影はない。

「それで、どうされるのですか?」

「どうもこうもない。正面から行くだけだ」

 ルドワの問いに、レオンはわずかに口の端をあげる。おそらく笑ったのだろう。

 建前上、親衛隊、特にレオンが要請すれば、神殿と言えども門を開かないわけにはいかない。

 策を弄するより、早いのだ。

「ですがやはり危険では」

「危険の可能性があるなら、なおさら調べる必要がある」

 不安げなルドワに、レオンは軽く首を振る。

 人を集めるには時間がかかり、そうすれば、証拠はどこにもなくなってしまう。

「この道を上っていくとすぐです」

 河原から一段高い位置にある森へと向かう道をルドワが指した。

「この道はあまりつかわれていませんね」

 道の様子を見て、カリドが呟く。

 村に買い出しに行くとき以外、使わないのだろう。

 轍のあとはあるものの、かなり草がはえている。定期的に手入れはされてはいるようだが、でこぼこも多い。

「あれです」

 木々の向こうに、大きな白い建物がみえた。

「……どうだ、アルカイド君」

「間違いないですね」

 見覚えのある、白い建物。

 そして、建築物の周辺に大きな結界が張られているのを感じ、サーシャはぶるりと体を震わせる。

「さらにいえば朱雀離宮並みの結界です。魔獣の森が近いとはいえ、オーバースペックですね」

 結界石を使った結界を作成するのには、金がかかる。しかも、一流の魔術師の存在が不可欠だ。

「塔の技術者が参加していないなら、問題になるレベルかと」

 結界を張ることは合法だが、規模が大きいなら報告の努力義務が生じる。

 いくら魔獣の出る森のそばとはいえ、宮殿と同じ規模の結界を張るとなれば、たいていの魔術師は胡散臭いものを感じるはずだ。努力義務とはいえ、自分の将来を考えれば、塔に報告しないという選択肢は考えられない。

「この付近で、ドラゴンレベルの魔獣が出るというのであれば、話は別ですが」

 サーシャの知る限り、帝国の東部には、かなり強い魔獣が生息している。

 だが、このあたりは、そこまで強い魔獣はいないはずだ。その気になれば、村人でも狩れるレベルで獣より少し強い程度のはずである。

「どうだね、ルドワ君?」

「そうですね。それほど強い魔獣がいれば、川の向こう側だとしてものんきに暮らすことはできないでしょう」

 ルドワが頷く。

「この道、森まで続いていますね」

 カリドが険しい目をする。

 ほぼ自給自足に近い生活をしているのだ。森に行く道があっても不思議ではない。

「この門、呼び鈴がありますね」

 来客をつげる魔道具の呼び鈴は、珍しいものではない。しかもかなり新しいデザインだ。

「村人が参拝することもないのに」

 サーシャは首を傾げる。

 おそらく建設当時からついているものではない。古くて一年といったところだ。

「そういえば神殿に郵便や客人が来るようなことはないのでしょうか?」

「客人?」

 サーシャの問いにルドワは驚いたようだ。

「少なくとも、本部から資金が送られてくるようでしたら、郵便くらいはあるはずなのですが」

「そういえば、郵便も私の知る限り、ありませんでした。バーソロー村側から舟を出すことは、年始の参拝くらいのものでしたから」

「……ということは、村以外のルートでそれらのものが来ていたということでしょうね。少なくとも呼び鈴を新しくつけなければいけない程度に客は来ているということです」

「つまり街道を通らず、わざわざ森の中を通って本部からの連絡は来ているということだな」

 レオンは大きく息を吐いた。

「まあ、とりあえず、呼び鈴で人を呼んでみるか」

「わかりました」

 カリドが頷いて、呼び鈴をならした。

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