神殿 20
「そういえば、魔物狩りをするハンターはこちらの村には来ていないのですか?」
ずっと話を聞いていたカリドが口をはさんだ。
「村には来ていないですね」
ルドワが答える。
村には来ていないのに、森に入って狩りをするのを全く不思議に思っていないようだ。
「ハンターは野宿するものなのですか? それに、対岸の森に行くには、この村を通らないと渡しはないのでは?」
サーシャは首を傾げた。
川幅はかなりあり、しかも深いと聞いている。船がなければ渡れない。
対岸は広い森が広がっており、一番近い集落がこの村だ。
地図で見た記憶によれば、森の向こうは山。帝都に抜けるには、山越えしかない。
バーソローそのものが森に囲まれた場所だ。魔獣の出ない森から川に出ることも可能ではあるが、整備された道はなかったはずだ。
「ひょっとして、神殿は宿坊を兼ねているとか?」
「いえ、聞いたことはありません」
カリドの質問に、ルドワは首を振る。
「ですが、それなりに大きな施設がありますので、寝所を提供していたとしても、不思議はありません。神殿はそういう場所でもありますでしょうから。それに、この村のような田舎では、ハンターを奇異な目でみる者も多い。それを嫌って、こちらに来ないのは不思議ではありません」
「快適な寝床があるのであれば、そういうこともあるだろうな」
レオンが顎に手を当てる。
「だが、普通の狩人ならいざ知らず、魔物を狩るようなハンターを忌むのは、普通に考えれば、村より神殿の方な気がするのだが」
光の神フレイシアは、魔物を厭う。
その神を信じる神殿の方が、ハンターにとって村よりも快適ということがあるのだろうか。
「ところで、神殿にはいったい何人住んでいるのですか?」
「たぶんですが、多くて五人ほどだと思いますが……」
ルドワはあやふやに答える。
村人が神殿を訪れるのは年に一度で、その際に相手をする神官は三人ほど。
買い物に訪れる神官はいつも同じで二人。
つまり、顔を見たことがあるのは、五人だ。
それを聞いて、サーシャは眉間にしわを寄せた。
「殿下。森を通るルートを捜した方がいいでしょう。村にわからない形で、人員が移動しているかもしれません」
少なくとも、サーシャがみた神殿だとするならば、何十人もの術者がいたはずだ。
五人どころではない。
常に何十人もいるのかもしれないが、サーシャが術を返して追ってきたことがばれている以上、術者が移動している可能性がある。
「そうだな。神殿周辺から道がどう伸びているかも調査すべきだな」
レオンが息を吐く。
「さすがに、今日連れてきた人数だけで、それは難しいが……」
「あの。ちなみに、神殿の調査と伺いましたが、いったい何の嫌疑があるのでしょうか?」
こちらの事情をあまり詳しく聞いていなかったルドワが不思議そうな顔をする。
「朱雀離宮を魔術で攻撃した疑いだ」
レオンはきっぱりと答えた。
「え?」
ルドワは腰を抜かさんばかりに驚きの声を上げる。
せいぜい、誰かをかくまっている疑いくらいに思っていたのだろう。
「まさか、そんな。こんな田舎で」
「そうですね。盲点でした。ただ、距離的に、魔術攻撃可能ですから」
遠隔攻撃は距離が離れるほど難易度があがる。目標を知っていることが最低条件だ。
術をかけるのに消耗が激しいため、普通はやらない。
「レオン殿下の顔は知らなくても、朱雀離宮を知るのは簡単ですから」
もちろん、結界石への攻撃と連動して初めて可能になったわけだが。
「つまり、殿下は狙われているということですか? でしたら、嫌疑のある場所に殿下自ら行かれるのは危険ではありませんか?」
「部下では、門前払いを食らう可能性がある。私が行けば、神殿は門を開かないわけにはいかないだろう?」
親衛隊の捜査は全てにおいて優先されるとはいえ、『疑い』の段階では、なかなか踏み込みづらい。
だが、レオンは皇族だ。
何人たりとも、レオンを止めることはできない。
「……それはそうですが」
カリドやサーシャには、レオンが陣頭に立つことは既に当たり前だが、街道警備隊のルドワには、信じられないことのようだ。
「殿下は皇族ではありませんか!」
「だから、誰にも止められないだろう? 私を止められるのは、陛下と兄上くらいだ」
レオンはわずかに口の端を上げて笑う。
「……ひょっとしていつものことなのですか?」
ルドワが顔をしかめ、カリドとサーシャの方を見る。
二人が頷くと、ルドワは大きくため息をついた。