神殿 19
バーソローの村につくと、まず宿屋に向かった。
泊まる泊まらないは別として、念のためだ。
この村には、街道警備の事務所が一つあることはあるのだが、とにかく狭い。拠点にすることは可能だが、万が一、泊まらなければいけないとなった場合、狭すぎる。
通常の場合、野宿だろうが、サーシャがいることで、周囲が気遣っているのは間違いない。
サーシャは女性でしかも病み上がりだ。
とはいえ。本人的には、かなり回復してきた自覚がある。
肉体的なダメージがあったわけではない。必要なのは、『睡眠』だ。
今なら、通常の九割くらいの術は使える。
正直なところ、今のサーシャなら、よほど集団で攻めてこない限り、勝てない相手はいないだろう。
「バーソロー駐留のルドワどのです」
宿に荷物を下ろしていると、カリドが、一人の男を連れてきた。
もっさりとした雰囲気で、いかにも田舎に同化した感じだが、眼光に鋭さがある。
年齢は二十代後半。一人で配属されているということはそれなりに優秀な人物だろう。もっとも、出世コースからは外れていそうだ。
街道警備隊は、親衛隊とは別の組織ではあるが、治安維持という面でお互いに協力することになっている。
「レオン殿下。お初にお目にかかります」
ルドワは丁寧に頭を下げた。
「ああ。とりあえず、中に入ろう」
レオンは挨拶を軽く流して、宿の客室に入る。
話を周囲に聞かれないようにするためだ。もっとも、親衛隊の馬車が村に入った時点で、既に村中のうわさになっているだろう。噂の速度は、街中よりも田舎の方が速い。
できるだけ目立たないようにしては来たものの、そもそも来訪者が少ない地域なのだ。
「最近変わったことはないか?」
「一番は、殿下がお見えになったことですが……最近、魔物がよく騒いでいると言う話を聞きます」
「川向うのか?」
「はい。対岸なので、特に問題にはなっていないのですが。ひょっとしたら、何者かが魔獣狩りをしているのかもしれません」
ルドワは肩をすくめる。
魔獣を狩ること自体は違法ではない。魔獣を飼育するのは問題だが。
魔獣を狩ることでしか得られない材料というものも存在する。
とはいえ、魔獣を狩るには、武術だけでなく、魔術も極める必要があるため、実質上、全く無許可な人間が狩るということはない。
「このあたりの森には、あまり価値になるような魔獣はいないのですが」
魔獣が育つには、エーテルの濃度が関係する。このあたりのエーテルは通常の森と大差がないため、強い魔力を持つ魔獣は育たないのだ。
「対岸にある神殿の様子はどうだ?」
「正直、あの神殿で何をやっているか、全く分からないのです。月に数回、舟で物を買いに来ることはありますが、それだけです。年はじめだけ、村人は詣でることを許されますが、普段は何をしているのか」
ルドワは首を振る。
村の人間もあえて、かかわりを持たないようにしているらしい。
「……しかし、物を買いに来るばかりでは、資金がつきてしまいそうだが」
「ある程度は自給自足をしているのでしょう。畑もあるようですし」
「年に一度の参拝客で、一年暮らせるほど、この村の人々は信心深いのですか?」
サーシャが横から口をはさむ。
「……それは無理でしょう。おそらく、中央から予算が下りているのだと思います」
ルドワは苦笑した。
バーソローは貧しいわけではない。だが、村人たちの年収は、普通だ。どれだけ信心深いとしても、村の人間全員が寄付をしたとしても、それほど巨額にはならない。
「普段、彼らは何を買いに来る?」
「麦を。それから、油を買いに来ます」
「なるほど」
どちらも生活に必要なものだ。
特に不思議なこともない。
「かなり遅くまで明かりがついているので、油はかなり必要なようです」
「魔物対策か?」
「明かりをつけても魔物対策にはならないと思います」
サーシャが口を挟む。
「この辺りの魔物はそれほど光を苦手としないはずです。余程水の方が」
「なるほど。だから、川のこちらは何ともないのだな」
レオンが頷く。
「はい。ですから、夜遅くまで何らかの作業をしていると考えるべきかと」
サーシャはそう言って考え込む。
夜の方が効率が上がる魔術は確かにある。だが、それは禁忌のはずで神殿で行うことだろうか?
「直接聞くしかないな」
レオンが静かに呟いた。