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鳳凰劇場 10

 ビルノ侯爵家は、裕福で政界で力も持っている。

 慈善家であるけれど、侯爵夫妻ともども人格者とは思われていない。

 本来なら尊敬されるべき行動も、残念ながら彼らをよく知る人ほど、『人気取り』のポージングにしかみえないのだ。

 無論、それでもビルノ侯爵家が行っている事業で救われる者がいる以上、その動機がどうであれ非難されることはない。

「それで、どうしてビルノ侯爵夫人なのですか?」

 四人乗りの馬車に向かい合わせに座りながら、サーシャはレオンに問いかけた。

「エドン公爵家の政敵だからな」

 レオンは相変わらずの無表情で答える。

「加えて神殿派だ。アリア・ソグラン伯爵令嬢を兄上の婚約者候補として推している。夫人が手を出したとは思っていないが、犯罪者に手を貸すくらいのことはしそうだ」

「まさか」

「夫人は侍女と、一人の女性を伴って観劇している。その女性の名は、モリア・セリン子爵令嬢だ」

「モリア・セリン子爵令嬢?」

 サーシャは首を傾げた。

「彼女は、神殿の『巫女』の一人だ。単純に信者である貴族の娘を祀りあげていただけだが、それなりのステータスになる役目になる。聖女であるアリア・ソグランを憎んでいてもおかしくはない」

 神殿は、信者である未婚の貴族の女性を『巫女』として神殿の儀式に参加させていた。アリア・ソグランが光の加護を持っていることがわかってからは、彼女一人で儀式を行うことが多くなり、巫女は冷遇されるようになったという。

「もっとも、その件に関しては私の推測に過ぎない。ビルノ侯爵夫人に会うのは、ラビニアは無実だと念を押しておくためだ。一番エドン家のスキャンダルを喜んでいるだろうからな。震源地を封じておかねば、公爵家がうるさくてかなわん」

「なるほど。確かに、喜んで噂を広めていそうですね」

 サーシャは、グレイス・ビルノの人を蔑む視線を思い出した。

 政敵であるエドン家の醜聞である。喜んで噂を広めそうだ。何なら彼女が首謀者だとしてもまったく驚かない。

「アルカイド君、君はあくまでも魔素が誰の者かわかるという魔眼の持ち主だ。そのようにふるまってくれ」

「……わかりました」

 サーシャは頷く。魔素を視ることができる自分なら、ラビニア・エドンの無実を証言することに意味がある。

 正直に言えば、時間のたった魔素でそこまではわからないが、そこはハッタリだ。

 真犯人を探すのも大事だが、まずはラビニア・エドンに吹く大逆風を止めないことには、国政に波乱がおきる、そうレオンは見ているのだろう。

 馬車がビルノ家の門をくぐる。

 さすがにビルノ侯爵家だ。エドン公爵家ほどではないが、屋敷は大きい。

 馬車を降りて、案内されるままに屋敷に入る。

 突然の訪問だが、第二皇子の訪問である以上、拒絶は出来ないのだろう。

 夫人の用意ができるまで時間がかかることを告げられたものの、応接室に案内された。

 応接室のしつらえは、高級品だが、あまり趣味がいいとはいえない。窓際にかかっているカーテンは豪奢な金色。華美な魔道灯。壁にかけられた細かな刺繍を施されたタペストリー。もちろん、意匠の凝ったもので、それひとつだけなら、美しいと感じたであろうが、統一性というものがない。

 ごてごてしていて、高いものを並べただけという印象だ。

 この家の主は、高いものを目利きすることはできるのかもしれないが、それを生かすことは苦手なのかもしれない。

 せっかくの高級品の個性がぶつかりあうことで、全てを台無しにしている。

「どうした?」

 レオンに問いかけられ、サーシャは首を振る。

「なんでもありません。少々、豪華すぎる部屋なので落ち着かないだけです」

「アルカイド君は、正直だな」

 レオンは軽く頷いた。

「年々ひどくなるな。子供の頃に来たときは、もう少しましだった」

 フォローにならない感想をレオンは述べる。

「侯爵家は、先代の功績によって成り上がった家だ。それゆえに、他家に舐められぬように必死なのであろう」

 レオンは肩をすくめた。現侯爵は子爵家からの入り婿だから、夫人以上に必死だということだ。

「ビルノ家が慈善事業に精を出している理由が分かったような気がします」

「そういうことだ。体面というのを良くも悪くも気にしているということだ」

 ビルノ家はもともと伯爵家であり、先代が国境で大きな手柄を立てたことで、侯爵位をたまわった成り上がりだ。

 ゆえに、周囲から下に見られることが多かったのだろう。

 だからこそ、高級品を買い、慈善事業をし、模範的な貴族であろうとしている。

「それが成功しているかどうかは、わからんがな」

 レオンは小さく息をつく。

 やがて、グレイス・ビルノがやってきた。

 グレイス・ビルノは四十代。栗色の髪は丁寧に結い上げられ、カーキ色の落ち着いたドレスを着ている。第二皇子の訪問ということで、普段着というよりはやや意匠の凝ったドレスだ。広がった裾には美しい刺繍が施されている。

 化粧が厚いのか、唇がやけに赤い。貼り付けたような笑顔は、いかにも嘘くささを感じさせる。

 綺麗と言えなくもないが、上級貴族であるはずなのに、気品があまり感じられない。

「レオン殿下、本日はどのようなご用件で?」

 レオンの対面のソファに腰を下ろすと、グレイスは微笑んだ。

 さすがに相手が皇族だと、あの蔑むような視線はしないのだなと、サーシャは内心感心する。

「実は、先日の鳳凰劇場の事件について調べている。関係者全員に話を聞いているのだ。夫人も、事件当日、劇場に足を運んだな?」

「ええ。まさか私を疑っておられるのですか?」

 顔色こそ変わらないものの、グレイスはムッとしたようだった。

「いや。そうではない。全員に確認しているのだ」

 レオンは念を押す。

「あの日、夫人は、侍女とモリア・セリン子爵令嬢とともに観劇したと聞いている」

「ええ、そうですわ」

 夫人は頷いた。

「その日は、ちょうどモリアさんが急にお芝居に行けるようになったと教えてくださったの。私、年間シートを持っていますので」

「セリン子爵令嬢とは、よく出かけるのか?」

「ええ。彼女とは芝居仲間ですわ」

 ふっと夫人は口元を緩める。

「彼女はとても忙しい人だから、彼女の都合が空いたときに、一緒に公演を見る約束をしていたのです。今回の演目はお互いとても楽しみでしたから」

「ふむ。それで誘い合わせて、出かけたのだな」

「はい。帰り際に変な事件があって、すぐに帰れなくて困りましたけれど」

 夫人は大きくため息をついた。

「早々に事件を解決していただきたいものだわ。とはいえ、殿下と言えどもなかなか手が出せないお方でしょうけれど」

 暗にラビニアの犯罪だと揶揄する。

「聞きたいのは夫人の推理ではない」

「あら。失礼。何をお知りになりたいの?」

「事件の時、あなたが誰と何をしていたかということだ」

 レオンは語気を強める。

「私をお疑いなの?」

「取り調べによれば、あなたはラビニアと違って劇場支配人から話があったわけでもないのに、最後までボックス席に残っていたらしいな? 何をしていた?」

「何って……別に、怪しいことをしていたわけではございません!」

 夫人は声を上げた。

「セリンがお手洗いから戻ってこなくて、待っていただけです!」

「なるほど」

 レオンが頷く。

「どの程度の時間なのだ?」

「お芝居が終わる直前に出ていって、しばらく戻ってこなかったのよ。かなり体調が悪かったみたいで、戻った時も顔が青かったから、しばらく休ませてから動いたから遅かったのです」

 夫人は不機嫌な顔で答えた。

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