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20話

 天正十年 六月 亀山城


 亀山城を、ぐるりと囲む織田軍。ネズミ一匹足りとも逃さぬその布陣は、宿敵明智光秀討伐への士気の表れであった。

 そして、その織田軍を取り仕切る本陣にて、各武将が集っていた。

「遂に、明智光秀との決戦の時が来た。我等の目的は二つ! 明智光秀の捕縛と、囚われた九条様と近衛様を救出すること! 大義は我等に有り! 皆の者、心してかかれっ!!! 」

『御意っ!!! 』

 親父の号令に、一同身を奮い立たせる。それもその筈、約一ヶ月に及んだこの戦いに終止符を打つ日が来たのだ。織田家に属する者として、この戦いにかける想いは計り知れないだろう。

 だが、かなり厳しい戦いになると思う。囚われた公卿を救出する事も難しいが、何より明智光秀の捕縛がかなり難易度が高い。

 負けると思えば、腹を斬りかねんからだ。

 故に、最善は生きたままの捕縛。最低限、首を手に入れなくてはならない。

 裏切り者の粛清。朝敵となった光秀を公開処刑もしくは、晒し首にすることで織田家の健全ぶりを内外に示せる。

 残酷ではあるが、一族郎党皆殺しになるだろう。俺は、それを見届けねばならない。

 大義の為に人を殺す。その事を、胸に刻む為に。



 本陣にて軍議が開かれる中、その内容は明智光秀の与力達の話へ移る。

「細川藤孝・筒井順慶・高山右近・中川清秀……各々、前に出よ」

『……御意』

 親父の命令に従い、四名が前に出て平伏する。彼等は、それぞれ明智光秀と親しい間柄に有り、当初は明智光秀に与する者と見なされていた。

 それ故に、戦いの前に真偽を問わねばならない。裏切り者に、背中を預ける事なんて出来ないのだから。

「明智光秀の狙いは知らぬが、此度の謀反を単独で行うとは考えられん。お主等は、明智光秀と親しい間柄であったな? 協力したのでは、無いのか? 」

『め、滅相も御座いません! 』

 親父の眼光に貫かれ、細川等は可哀想なくらい震えている。じいさん譲りの覇気は、次代の王の名は偽りでは無い事を物語っている。

「細川藤孝……否、確か名を変えていたな? 申してみよ」

「はっ……出家し、幽斎玄旨と名を改めましてございます」

「理由は何だ? 俺の耳には、父上の死を嘆き喪に服す為だと聞いたが? 」

「そ、それは……」

 親父の言葉に、武将達が騒めき出す。誰も彼もが、細川に厳しい視線を向ける。

 親父が話しているから誰も何も言わないだけで、本当ならば罵詈暴言の嵐だったろう。

 俺だって、沸き立つ怒りを必死に堪えている。親父の言葉が正しいのならば、細川はじいさんが死んだと決め付けていたことになる。

 俺が、文にてじいさんと親父の生存を、確かに知らせていたにも関わらず……だ。

 細川は、最初から諦めていたのだ。じいさんも親父も死に、織田家は瓦解する。誰の味方にも付かず、嵐が過ぎ去るまで中立に徹しよう……と。

 とんだ卑怯者では無いか! 武士の風上にも置けぬ下郎、出家する暇が有ったら戦え!!!

 親父も同じ気持ちなのか、凍えるような視線を細川に向ける。

「細川……追って沙汰を言い渡す」

「は、ははっ! 」

「此度の攻城戦、貴様には先鋒を任せる。明智に与していないのならば、その働きで証明せよ」

「ははっ!!! 」

 細川は、震えながら何度も何度も額を地面に打ち付ける。肌色の頭部が、真っ赤な血に染まるまで何度も……何度も……。

 例え、明智光秀に与していなくとも、処分は免れないだろう。死に物狂いで忠義を示す。細川には、もうそれしか残っていない。


 親父は、平伏する細川を一瞥すると、興味無さげに視線を横に逸らす。次は、筒井達だ。

「筒井順慶・高山右近・中川清秀……貴様等、何故二条城へ駆けつけ無かった? 蜂屋達が、命を懸けて忠義を尽くした時、貴様等は一体何処で何をしていた? 」

『も、申し訳ございませぬ! 』

「三七が、摂津にて陣を敷いていた時、何故速やかに馳せ参じ無かった? 最も近くに居た貴様等が、何故一番遅く参陣したのだ? 申し開きがあるならば、申してみよっ!!! 」

 親父の怒号が響き渡り、まるで衝撃波のようなプレッシャーを放つ。筒井達は、ただただ顔面蒼白になるしかない。

 言い訳すら言う事も出来ず、魚のように口をパクパクさせている。

 親父は、そんな筒井達に失望するような視線を向けると、重苦しい溜息をつく。

「はぁ…………貴様等には失望した。追って沙汰を言い渡す。絶望し、そのまま地面に平伏したいのならば、いつまでもそうしていろ。だが、その心に少しでも忠義の炎があるならば、それを燃やしてみせよ」

 そんな親父の言葉に、筒井が勢い良く顔を上げる。

「拙者は、織田家への忠義を忘れた事はございませぬ! どうか、どうかご慈悲をっ!!! 」

「……っ! わ、私も! ご慈悲を! 」

「これからも、より一層の忠義を尽くします! 」

『どうか、どうかご慈悲をっ!!! 』

 筒井達の悲痛な叫びが響き渡り、場が静まり返る。親父は、そんな筒井達を冷たい瞳で見詰めた。

「信用を得るが難く、失うが易し。細川同様、最前線にて忠義を示せ。成果を上げれば評価はしよう」

『……っ! ははっ! 有り難き幸せっ!!! 』


 その後、細川達は左近に連行されて行った。どうやら、最前線とは言えども監視付きらしい。彼等も腹を括るしか無い。それしか、生きる道はないのだから。



 翌日、早朝から亀山城攻めが開始された。水に囲まれた亀山城は、本丸に近付く為にそれぞれの橋を渡らねばならず、凄まじい激戦が繰り広げられている。

 あの細川達も、汚名返上するべく奮闘しているそうだ。

 戦が始まれば、流石に危ないので俺は近くの館に避難している。元服もしていない幼子だし、万が一も考えたら致し方無いことだろう。

 それでも、俺が出来る仕事をしようと思い、白百合隊を放って公卿達の捜索にあたっていた。


 攻め始めてから四時間程経過、様々な情報が入り乱れる中、遂に目的となる公卿の居場所が判明した。

「では、みつけたのだな!? 」

「はっ! 中島と呼ばれる場所にて、屋敷に幽閉されているとの事! 現在、十傑の方々が救出に向かっております! 」

「そうか! よくやったっ!!! 」

 亀山城の見取り図を見ると、中島の場所が分かる。おそらく、戦場から隔離したのだろう。人質の居場所が分かれば、親父も手加減せずに攻められる。

「ちちうえに、くじょうさまとこのえさまのいばしょを、はやくしらせるのだ! 」

「ははっ! 」

 後は、公卿達が生きていたら最善なのだが……。頼むぞ! 皆!

 ここまでは順調に進んでいる。勝機は、我等にある。


 ――このまま上手くいってくれたら……そんな淡い期待は、直ぐに消え失せてしまった。


「おい……何だ……あれは!? 」

 誰が言ったか、困惑する声が聞こえてくる。皆が皆、何事かと周囲を伺うとソレが俺の視界に入ってきた。

「ば……ばかな…………」

 呆然と立ち尽くす中、誰かの声が部屋に響いた。


「亀山城が…………天守が……燃えている」




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― 新着の感想 ―
[一言] 細川藤孝は古今伝授があるから朝廷から処罰は止められて切腹は無理だろうけど完全な隠居を強制、改易。 その他の高山、中川、筒井は当主切腹の上に改易が妥当ですな。 忠興あたりは己の才覚で再起の芽は…
[一言] 更新お疲れさまです。 天海討伐のついでに徳川もぶっ潰す!
[良い点] 更新、お疲れさまです。 [一言] 天守が燃えてる。光秀は、史実の北ノ庄城の柴田勝家の様に自害するつもりですか。でも、明智一族と家臣の家族の族滅は変わらないのに、往生際が悪い。 上が責任とら…
2021/01/23 12:50 退会済み
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