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16話

 天正十年 六月 安土城


 翌日、坂本城から帰還した新五郎から、昨夜の詳細な状況を報告された。

「では、しろにはだれもいなかった……と」

「はっ! 私達が坂本城へ接近した折り、そのあまりの静けさに物見を派遣したところ。城には誰一人居らず、罠の類いも見当たりませんでした」

「……そうか。いまは、どうなっておる」

「はっ! 部下を坂本城に待機させており、異変を感じた場合。直ぐに安土城へ連絡するように、申し付けております」

「………………わかった。ごくろうであったな。さがってよいぞ」

「ははっ! 」

 新五郎が部屋から出て行った後、入れ替わるように椿が現れた。

「殿。明智軍ですが、京へと進んでおります。おそらく、目的地は亀山城かと! 」

 亀山城……か。あそこは、光秀の領地だったな。光秀と近しい摂津衆や、丹後国の細川と合流するつもりやもしれん。

 光秀の動向には、目を光らせておかねば!

「よくやった。ひきつづき、やつらをかんしせよ」

「ははっ! そして、こちらが殿宛に預かっておりました文にございます。では、これにて失礼致します」

 椿は、懐から二通の文を取り出すと、俺に渡して退出して行った。普段であれば甘えてくる彼女も、この緊迫した状況を見て空気を読んだのだろう。

 周囲を伺い誰も居ないことを確認すると、静かに文を開く。差出人は、左近と又左からであった。

 その内容を読み進める度に、光秀を逃がしてしまった事を悔いる。

 おそらく、この事も察知していたのだろう。であれば、坂本城を放棄した理由が分かる。


 六月六日、滝川左近一益が一万五千を率いて安土城に到着。それを追うように、六月十日に前田又左利家が五千を率いて安土城に到着した。



 待ち望んでいた援軍の到着に、安土中を熱気の渦が巻き込んだ。家臣達は、涙ぐみながら彼等の忠誠を称え。民達は、主家の危機に馳せ参じた『忠義の武士』として語り明かす。

 安土城に居る総勢二万四千の兵は、その士気を最高潮に上げていた。


 そして、又左達が到着した次の日。大広間にて、決起集会が開かれていた。

「さこん……またざ……よくぞ、よくぞ! ここまでかけつけてくれたっ!!! 」

『織田家に忠誠を誓う身として、当然の事にございます。逆賊明智光秀討伐の為ならば、この身の全てをかけましょうぞ! 』

 深々と平伏し、より一層の忠義を誓う左近と又左に、思わず胸が熱くなる。又左達の忠義が、痛い程嬉しかったっ!

 俺の文を頼りに、安土城まで駆けつけてくれたのだ。これ以上、嬉しいことは無いっ。


 ――そして、何よりも嬉しかったことは。


「お主等の忠義、父上に代わって礼を言おう。明智光秀謀反を聞き、昼夜休まず馳せ参じたのだ。お主等程の忠義の家臣、他におらぬ。父上も、誇りに思っていよう。……大義であった! 」

『ははっ! 有り難き幸せ! 岐阜中将様におかれましては、御壮健で何よりでございます! 』

「うむ。こうして、お主等を出迎えることが出来たのは、実に喜ばしく思う」

『……っ! も、勿体なき御言葉。恐悦至極にございますっ!!! 』

 上座にて、優しげな微笑みを浮かべる親父に対して、又左達は感涙にむせんでいる。

 そう……親父の容態が回復したのだ。未だ無理は禁物だが、顔色も随分良くなり食事もとれるようになった。

 親父が、ここまで回復したのは二日前のこと。俺の前に現れ、にっこりと微笑む親父の姿に、溢れる涙を止めることが出来なかった。

 親父は、感動に浸る家臣達を一瞥すると、雄々しく立ち上がり握り拳をかざした。

「今こそ、逆賊明智光秀を討ち取る時ぞっ! 皆の者、戦支度をせよ! 天下に、織田家が健在であることを示すのだぁぁぁあああっ!!! 」

『御意っ!!! 』

 親父の宣言は、瞬く間に安土……そして畿内中に広がっていく。その様子は、まさに反撃ののろしが上がった事を表していた。



 親父の回復、援軍の到着。この二つは、畿内の大名達へ激震を走らせることになる。今まで、日和見を決め込んでいた大名達が、次々と明智光秀討伐に乗り出したのだ。

 そのあからさまな対応に、俺は軽い苛立ちを覚えてしまったが、親父は大して気にしていなかった。

「ちちうえは、なぜおいかりにならないのですか? かしんであれば、すぐにでも、しゅくんのききにはせさんじるべきでしょう! それなのに、あやつらはっ! 」

 思わずしかめっ面になる俺の頭を、親父は苦笑混じりに撫でる。

「事の真相を見極め、危険な橋を渡らぬのも乱世を生き抜く処世術だ。寧ろ、そのような頼もしき男達が味方についたのだ。喜ばしく思うだけぞ」

「しかしっ! 」

「そう怒るでない。確かに、蝙蝠男は信用する事は難しいだろう」

「でしょう! 」

「だが、そんな勝ち馬に乗りたがる奴らが、明智光秀では無く織田家を選んだのだ。これ即ち、勝機は我等にあると言うことだ。そう考えれば、奴らは勝機を知らせる渡り鳥のようなモノよな。はっはっはっ! 」

「…………はぁ」

 皮肉交じりに笑う姿に、思わず脱力してしまう。まぁ、そう考えれば……なぁ。とりあえず、裏切り防止に白百合隊をつけておこう。

 一応、光秀の策略の可能性もあるからな。



 そして、六月十三日。筒井順慶・高山右近・中川清秀等摂津衆並びに、細川藤孝が織田家に従い明智光秀を討伐する旨を伝えて来た。

 その報告を受け、遂に俺達は立ち上がる。

「出陣じゃあああああああああぁぁぁっ!!! 」

「うぅぅぅおおおおおおおおおおおおっ!!! 」


 六月十四日辰の刻、安土城に二千の兵を防衛として配置すると、総大将織田信忠率いる二万二千の軍勢が丹波国亀山城を目指して進軍を開始した。


 ――決戦の日は近い




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― 新着の感想 ―
[良い点] 椿のしつけがちゃんと出来たようですね [一言] 家康はもう岡崎に帰っているはず、じっとしてる訳ないですよね。
[良い点] 読みやすいし面白い [一言] 信長は重症っぽいけど信忠を取れなかった時点でもう謀反としては負けだよなぁ 今明智側についてる奴らは今さら引けないかもしれないけど、これ以上増えることは無いだろ…
[良い点] 更新、お疲れさまです。 [一言] 遂に、信忠が復活しましたか。此処からは織田家の逆襲がはじまりますね。 後は、光秀を討つか捕らえるなりして、事を納めるだけです。反逆者には、一族及び家臣の家…
2021/01/19 12:35 退会済み
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