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15話

 天正十年 六月 安土城


 五月三十一日の夜に、明智軍が坂本城へ入ったと報告が届いた。兵の補充か休息か、畿内への大名達や朝廷へ何かを働きかける狙いもあるやもしれん。

 されど、やはり狙いはこの安土城だろう。

 じいさんに親父、そして俺。織田家の旗印に相応しい格を持った三人が、この安土城に集結しているのだ。謀反人である光秀が、狙わぬ理由が思いつかない。

 坂本城は、この安土城の目と鼻の先にある。二日もあれば、大軍で安土城を囲む事も可能であろう。

 家臣達との会議の結果、決戦は六月三日と仮定。少ない時間の中で、明智軍を追い払う策を考えていた。



 しかし、六月二日の昼頃、俺達の思いもよらぬ者が安土城へやって来た。

 明智光秀からの使者だ。


「お初にお目にかかります。某、明智日向守が家臣、藤田伝五郎行政と申します。本日は、三法師様への謁見を御許しいただき、恐悦至極にございます」

 藤田と名乗るその男は、四十代半ばの中年の様であり、瞳に強い意志を感じさせる男であった。

 新五郎によると、藤田は光秀の古くからの重臣。つまり、此度の謀反を事前に知っていた可能性は、限りなく高い。

 そんな男が、のうのうと俺の前に顔を出した。それだけで、腸が煮えくり返りそうな激情が身体中を駆け巡る。本当ならば、この場で斬り殺したい程にっ!

 ただ、真田が『情報は一つでも有った方が良いでしょう。大局を見据えて、ここは辛抱してくだされ』と、申した故に此度の謁見が成立したのだ。


「ごたくはよい。ようけんを、のべよ」

 苦虫を噛み潰したような表情を悟られないように、扇で口元を隠しながら問いかける。

 周りを見渡せば、家臣達の多くが憤怒の顔を浮かべながら藤田を睨んでいる。そんな、四方八方敵に囲まれているにも関わらず、藤田は依然として佇まいを崩すこと無く言葉を紡いだ。

「殿から三法師様へ、御願いの儀がございます。それは、安土城と三法師様を差し渡すこと。無論、城内の者達の命は取りませぬし、三法師様を無下に扱うことは致しませぬ。どうか、お呑みいただきたく存じます」

「……みつひでの、ぐんもんにくだれ……と? 」

「はっ、既に信長様並びに信忠様亡き今、織田家は立ち行かなくなることは明白。これ以上の抵抗は、残党共に御身を利用されるだけに存じます。どうか、未来を見据えた選択をなさいますように……」


 藤田が話し終わると、痛いくらいの静けさが大広間を支配する。誰も彼もが耳を疑い、言葉の意味を理解し、そして怒り狂う。

「貴様ぁぁあっ!!! 三法師様を差し出せだとっ! 上様への忠義を忘れ、のうのうと顔を出したかと思えば、言うに事欠いてソレかぁっ!!! 恥を知れ恥をっ!!! 」

「然り! その首、叩き落としてくれるわ! 」

「逆賊明智光秀に、貴様の首を送り付けてくれる! その無礼者を取り押さえよぉっ!!! 」

 怒りに染まった家臣達が、荒々しく立ち上がる。今にも掴みかからんとする家臣達を一瞥すると、俺は静かに深呼吸し、声を張り上げた。

「やめよぉっ!!! 」

 俺の声に反応した家臣達は、一同ピタリと動きを止めて俺の方を向く。困惑気味の彼等を後目に、俺は藤田と目を合わせる。

「そのようきゅうは、だんじてきょひする。みつひでにつたえよ。われらは、けっしてきさまをゆるさぬ……と」

「………………ははっ」


「さなだ。ていちょうに、おみおくりせよ」

「はっ! 」

 家臣達の中で、比較的冷静だった真田に指示を出すと、家臣達は声を荒らげて問いただしてくる。

「な、何故ですか三法師様! こやつは、織田家の宿敵明智光秀の重臣ですぞ! 見せしめに、首を落としましょうぞ! 」

「その無礼極まりない物言い、命を持って償わさせましょうぞ! 」

『然り! 然り! 然り! 』

「…………まて」

 憤りを隠せぬ家臣達を、右手で制する。確かに、藤田は彼等の逆鱗に触れた。彼等からすれば、到底許すことの出来ない所業であろう。

 だが、あまりにも感情的になり過ぎている。これでは、冷静な判断を取ることが出来ない。

 ここで止めておかねば、取り返しのつかない失態を犯すやもしれん。

「どのようなあいてでも、れいをつくさねばなるまい。ししゃをきりころしたとなれば、おだけのなにどろをぬりかねん」

『し、しかし……』

「よいな」

『…………ははっ』

「さなだ」

「はっ! では、藤田殿こちらへ」

「忝ない。それでは、三法師様。失礼仕る」

 不承不承ながらも怒りを抑え込んだ家臣達の間を、藤田が悠々と通って行く。その様子を眺めながら、先程感じた不可解な言動に思いを馳せる。


 光秀からの要求は、決して呑めぬ条件であった。否、最初から俺が要求を呑み込むとは考えていない……そんな、薄気味悪さを感じる。

 憤る家臣達をじっと見詰める様子は、まるでそうなるように仕向けた様だった。

 光秀の狙いが、イマイチ分からん。だが、真田の言う通り収穫はあった。光秀は、じいさんと親父の生存を掴めていない。

 これは、俺達が持ち得る最大のアドバンテージだ。


 今尚、明智光秀に対する悪態をつく家臣達を眺めながら、新五郎を横に呼ぶ。

「若様、如何なさいましたか」

「あかおにたいをつれて、ふねをいっせきうごかせるか? 」

「はっ、可能かと」

「こよいは、つきあかりもすくないであろう。やみよにまぎれて、さかもとじょうをほうげきせよ」

「ははっ! お任せ下さいませ」

 使者は返したが、許す等一言も言っていない。油断慢心、幾らでもするが良い。その隙に、貴様の喉元に喰らい付いてやる。


 そんな俺達の会話を聞いた家臣達が、一同驚愕の表情を浮かべている。

「さ、三法師様。先程の慈悲は、明智光秀の油断を誘う為だったのですか? 」

「うむ。やつのねらいはわからぬが、のうのうとさかもとにおるのならば、いまがこうきぞ! しろもろとも、うちはたしてくれる! 」

「な、なんと! お見逸れ致しました……」

「よい。しんごろう、じゅんびせよ」

「ははっ! 」

 足早に大広間を後にする新五郎。未だ騒めきが収まらぬ家臣達。それらを眺めながら、不意に懐刀を握り締める。一年前に、光秀から貰った懐刀を…………。

 戦わねば何も守れない。大切な人も守れない。

 光秀……俺は、覚悟を決めたぞ。

 貴様を殺す覚悟を。



 しかし、その夜。衝撃的な報告が舞い込んで来る。『明智光秀、坂本城を出る』

 耳を疑うような報告。よもや、使者を遣わしたのは安土の様子を探る為か!

 今尚、城下町に流れる雷神の逸話。『雷轟』によって、破壊された大岩。それらから、大砲による奇襲を察知したのか!

 策謀と戦略の達人……よもや、これ程とは……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 琵琶湖に突き出して築かれた坂本城を湖上から砲撃するのは最も効果的な戦術だったのに、逃げられましたか。
[良い点] 更新、お疲れさまです。 [一言] こんなふざけた要求、呑む必要はございません。それに、上様と信忠様が生存している事を知ってることが、此方の強みなのです。 光秀、あなたの胴体と首はいつまでも…
2021/01/18 16:12 退会済み
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