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5話

 天正十年 五月二十八日


『明智光秀、謀反』

 その一報は、織田家傘下の大名達に激震を走らせる事となった。

 先の武田征伐……彼の日ノ本最強と謳われた名門武田家の敗北により、誰も彼もが「織田信長の天下統一を阻む者は、もういない」と思わざるを得ない心境の中に、突如として起こった裏切り。

 ある者は噂の真偽を探り、ある者は信長の生死を探り、ある者は光秀の思惑を推理する。

 そして、そんな者達の中でも、三法師からの文を受け取った者達の動向は、諸国の大名達から高い関心を向けられる事となる。



 信濃国 滝川一益 五月二十八日


「ば、馬鹿な! 日向守が謀反だとぉっ!? コレは、誠なのか!? 」

 儂は、手元にある文を握り締めながら、目の前におる彼岸花殿に鋭い視線を向ける。

 本来であれば、三法師様からの使者である彼岸花殿に対して、このような態度は無礼であるのだが……この時の儂はソレを忘れる程に取り乱していた。

「左様にございます。これは、三法師様の御命令にございまする。どうか、御早い御決断を」

 儂の睨みなど気にもしない様子で、淡々と語る。彼岸花殿とは、かれこれ一年近くの付き合いだが、誠にこの娘の真意は探れんな。


 否……今はそのような些事、気にする手間も惜しい。儂は、今一度文を広げた。

 そこには、明智光秀の謀反・上様の御無事・上様と若殿救出作戦の概要・逆賊明智光秀討伐要請が書かれていた。

 余程急いでいたのか、作法の欠片も無い文であったが、それがより一層真実味を与える。

 ここは、三法師様を信じる他無し。今ならば、上杉家攻略の為に編成していた軍勢を、そのまま投入することが出来る!


 閉じていた瞼をゆっくりと開き、彼岸花殿と目を合わせる。

「三法師様よりの御命令、この滝川左近! しかと、承りました! 直ちに、一万の軍勢を率いて参上致すことを、しかとお伝えくださいませ!!! 」

「……ははっ! 」

 ……その後、彼岸花殿は三法師様宛の文を受け取ると、音もなく消えていった。

 さてと、儂も早速出陣するかのぅ。

 ……一番手柄は、この左近がいただく!



 越中国 柴田勝家 五月二十八日


 三法師様から明智光秀の謀反を報せが届いた時は、魚津城を包囲していた時であった。

 陣中見舞いかと思われたソレは、打倒上杉家に燃えるわし達を奈落の底へと突き落としたのだ。

「おのれぇぇぇぇ明智光秀ぇぇぇっ!!! 」

 明智への怒りが頂点まで達し、荒々しく立ち上がる。今すぐにでも安土城へ参上し、逆賊明智光秀を討ち取りたいっ!

 だが、頭の片隅でその事に対する懸念材料が、ふと脳裏に横切っていく。もしも、わしの懸念が正しいとしたら……そう思ってしまうと、確認せずにいられなかった。

「朝顔殿っ! 上杉家の動きはどうなっておる! 謀反の件は、奴らに知られているのか!? 」

 わしの言葉に家臣達も騒めき立つ中、朝顔殿は平伏したまま淡々と言葉を紡いだ。

「私共も、最大限の情報の隠匿に徹しておりますが、如何せん事が事にございます。人の口に戸は立てられませぬ故に、上杉家に噂として情報が流れる可能性は高い……かと」

「やはり…………そうか」

 軍勢を安土城に送る……コレは、確定事項だ。しかし、全軍で引き返す訳にもいかん。わし達の行動によって、上杉家に噂の真相を悟られてしまうからだ。

 そうなれば、奴らが反撃に出ることは明白。口惜しいが……決断せねばならん。


 わしは、今一度面前に見据える魚津城を睨んだ後、家臣達へ指示を出した。

「又左っ! お主に五千の兵を預ける。直ちに安土城へ向かい、三法師様の元逆賊明智光秀を討ち取れぇっ!!! 」

「ははっ! …………しかし、親父殿はどうなさるのでしょうか? 共に向かわないので? 」

「……越中国は、未だ不安定な状態にある。わし達が離れた隙を、上杉家に突かれれば多大な被害を受けることになろう。であれば、一度攻勢に出た後に折を見て後退、上杉家の動向を探りながら鎮圧せねばならん。……わしが、指揮するしかあるまい。又左、わしの代わりに三法師様をお助けするのだ。良いな? 」

「は、ははっ!!! 」

 又左は深々と平伏すると、一目散に陣中から出て行った。それを見送ると、わしは勢い良く立ち上がり号令をかける。

「全軍行進っ!!! 又左の動きを悟らせるな! かかれぇかかれぇぇぇぇぇぇっ!!! 」

『おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!! 』

 三法師様……少し遅れますが、必ずやこの権六も参上致します! 暫しお待ちをっ!

 


 和泉国 蜂屋頼隆 五月二十八日


「う、上様……奇妙様…………」

 ひらりひらりと、文が宙を舞う。一筋の雫が地面に落ちたかと思えば、次々と後を追うように地面を濡らしていく。

 脳裏に過ぎるのは、織田家で過ごした大切な思い出の数々。それが、今一度儂の活力にならんと胸を熱く刺激する。

「蜂屋様! ここからならば、二条城に籠る上様と岐阜中将様をお救い出来るやも知れませぬ! どうか、どうかお力をお貸しくださいませ! 」

 ジャリジャリと、地面に額を押し付けながら懇願する梅殿の声が響き渡ると、儂の意識は一気に蘇った!

「梅殿……三法師様にお伝えくださいませ。儂は、織田家への忠義に生きる……と」

「で、ではっ!! 」

 目を輝かせながら儂を見詰める梅殿に、力強く頷いて返事をする。

「者共ぉぉっ! これより、二条城へ向かう! 逆賊明智光秀を討ち果たし、上様をお救いするのだぁっ!!! 」

『御意っ!!! 』

 三七様率いる長宗我部討伐軍に参陣する為、兵を率いていた今ならば、誰よりも早く二条城へ行ける!

 たとえこの身が朽ちようとも、必ずや使命を果たしてみせようぞ!!!



 ――五月二十八日午前八時、蜂屋頼隆率いる三千の軍勢が二条城に向けて出陣した。

 同日午前九時、近江国日野城に居た蒲生賢秀が息子を伴って出陣。それを追うように、若狭国の勝蔵も出陣。

 それぞれ、二千にも満たない小勢であったが、怒りに身を震わせながら二条城へ向かった。


 五月二十八日午前十時、本能寺鎮火。

 明智光秀の軍勢が、また動き始める。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告で、 息子を率いて→息子を伴って としましたが 「息子の軍勢を」なら、「率いて」であってます
[一言] さて、今回出てこなかった、秀吉と本作における黒幕候補第一位の徳川家康はどう動きますかね。 光秀討伐を目指した秀吉は別として、徳川家康の場合、史実通りに空白地帯になる甲斐信濃を押えに懸かった場…
[良い点] 更新、お疲れ様です。 [一言] 一益、一万の軍勢は多すぎですが、これも丹羽長秀がいるからこそでしょうか。 勝家、冷静な判断を下せるのはなお、宜しい。利家なら、存分に任せられるでしょう。 頼…
2021/01/08 16:15 退会済み
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