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72話

 天正十年 四月 岐阜


 勝蔵を見送ってから数日後、俺は家臣達を連れて城下町まで来ていた。

 ここ数日、暖かな気候が続いたことも有り、岐阜城の周辺では満開の桜が、人々の心を癒していた。

 やはり、日本人として花見は欠かせない存在だと思った俺は、藤姫と甲斐姫を誘ったのだ。勿論、護衛として一刀斎や高丸・雪、松と椿も参加している。

「うわぁ〜凄いですわぁっ! 岐阜には、こんなにも美しい桜があるのですね」

「まさに絶景ですねっ! 流石旦那様です! 」

「あぶないから、はしってはいけないよ」

『は〜いっ! 』

 藤姫と甲斐姫は、キャッキャと嬉しそうに桜に向けて駆けていく。普段の彼女達からでは、想像出来ないほど可愛らしい姿だ。

 だけど、それもまた彼女達の魅力の一つ。未だ九歳の彼女達が、時折見せる年相応なあどけない笑顔は、俺の心を高鳴らせるには充分過ぎた。

 今回の花見の為に、新調した着物も素晴らしい。藤姫は、その名を表すように藤の花が施された淡い紫色の着物が、彼女の慎ましさを見事に表している。

 対照的に甲斐姫は、白地にピンク色の朝顔をモチーフにした刺繍が施されており、彼女の明るさ華やかさを見事に表現していた。

 本当に愛らしい。こんな美少女二人が、俺の婚約者だなんて夢みたいだ。


 時間を忘れて二人を眺めていると、不意に右袖を引かれた。どうしたのかと振り向くと、少し頬を膨らませた雪の姿があった。

「そろそろ桜の下まで行きませんか? せっかく小姓の方々が、場所を用意してくださったのです。でしたら、桜を楽しまないともったいないですよ? 」

 雪の指摘に、確かにその通りだと納得してしまった。周りを見渡せば、赤鬼隊や白百合隊のみんなが警備をしてくれているし、川辺に聳え立つ立派な桜の木の下では、大きな布が一面に広げられている。

 俺の我儘で準備して貰えたのだ。だったら、満喫しないと申し訳無いよな。

「あぁ……うん、そうだね。それでは、そろそろいこうかな」

「はい! 行きましょう、殿っ! ………………私も着物、新調したんだけどな……」

「ん? なにか、いったかい? 」

「いいえ? 何も言ってませんよ? 」

「……そうか」

 不意に後ろから何か聞こえた気がして、雪に問いかけるも不思議そうに首を傾げている。やはり、聞き間違いだったのだろうか?

 そんな風に、内心首を傾げていると、横から花のような綺麗な香りが漂ってきた。

 ふと視線を横にずらすと、綺麗な山茶花をあしらった着物を身に纏った姿が視界に入る。派手な色合いだと言うのに、どこか儚さを感じさせるその花は、雪の秘めたる良さを映し出していた。

 普段は見せないそんな一面に、俺は思わず呟いてしまった。

「きれいだよ、ゆき。よくにあっている」

「……っ! と、殿っ! お、御戯れを……わ、私などがそんな……」

 顔を真っ赤にさせながら慌てふためく姿に、思わずクスりと微笑むと雪の右手をギュッと握った。

「うそじゃなくて、ほんしんだよ。さぁ、みんなまっているから、はやくいこうか」

「は、はいぃぃ……」

 左手から伝わってくる確かな温もりを感じながら、桜並木を歩いて行く。さて、今日は楽しもうか。



 花見と言ったら、普通は何を想像するだろうか。人それぞれ違った楽しみ方があると思う。酒を飲みのも良い、かくし芸をするのも良い。

 だけど、やっぱり花見と言ったらお弁当だろう。仲が良い友達と、お弁当をつつきながら談笑をする。想像しただけで楽しいし、なによりも絆を深める良い機会だ。

 そんな訳で、早速お弁当を作って貰おうと料理人にお願いした結果、素晴らしいお弁当が完成したのだ!

「だれか、れいのものをっ! 」

『御意っ! 』

 ぽんぽんっと、手を叩くと白百合隊の者達がどこからともなく現れて、俺達の前に弁当箱を置いた。うんうん、こういう殿様的なやつは、やっていて気持ちが良いな!

「だ、旦那様? これは一体? 」

「なんと雅な器っ! これ程の品は、中々お目にかかれませんよ! これは、旦那様が御用意されたのですか!? 」

「うん、そうだよ。きにいってもらえたかな? 」

『はいっ! 流石は、旦那様です! 』

 ふふん! まぁ、藤姫と甲斐姫が喜ぶのも無理は無い。俺が主催した花見なんだ。そんじょそこらのちっぽけな器なんて、この催しに相応しく無いであろう。

 故に、京からわざわざ取り寄せたのがこちら! 漆器に金の装飾が施された、まさに豪華絢爛な品よ! それを、大きさは大・中・小と別れるも、その数三十!

 どれだけ金をかけたのか、分からんほどだ!


 だが、所詮器は器。お弁当のメインは、料理である!

「ふじ、かい。ふたをとってごらん? 」

「宜しいのですか? 」

「では、お言葉に甘えて……」

『う……うわぁぁぁっ! す、凄いですわ! 』

 瞳をぱちくりさせながら喜ぶ姿に、頬が緩む。

 やはり、お弁当の善し悪しは料理で決まると思い、試行錯誤の末に作られた品々が並ぶ。

 基本のおにぎりから始まり、数々の肉や魚に山菜をふんだんに使ったフルコース。一応、食中毒とか気になるからナマモノは無いが、どれもこれもこの時代の弁当からしたら、想像も出来ない品ばかりだ!

 俺監修の元、料理人達が泣きながら試行錯誤した甲斐があったと言えるだろう。親父も、最近料理が美味くなったと御満悦だったし、一石二鳥だな。


 これだけの料理を、俺達だけで食べるなんてもったいない。故に、今日は無礼講。みんなでワイワイ楽しもう!

「みなのもの! きょうは、ぶれいこうとする。おおいにたのしんでくれ!!! 」

『ははっ! 有り難き幸せっ!!! 』

 護衛は最低限残って貰うけど、そこはローテーションで回そう。


 さてと、気を取り直して乾杯の音頭を……と思った矢先、前方から数十名の集団がこちらへ向かっていた。

「お〜い三法師〜。来たぞ〜」

「ちちうえっ!!! 」

 政務を終えた親父達が参加してからは、もう終始大騒ぎの大宴会に突入した。そこら辺に酒は転がり、酔っ払いは歌や踊りと好き勝手に騒ぎまくる。

 凄くうるさかったし、馬鹿だなとも思った。だけど、やっぱり楽しかったのだ。

 身分差なんて関係ない。一本の桜の木の下で、色んな人間が心から楽しい時間を過ごせる。

 俺の理想とする世界が、そこに確かにあったのだ。

 あぁ、こんな幸せな日常がいつまでも続けば良いのに。


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