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67話

 天正十年 三月 高遠城 織田信長


 奇妙・勝蔵・十兵衛・与四郎・彦右衛門、それぞれに兵を率いさせ高遠城の攻略を開始。次々と舞い込んで来る報告を頼りに、万千代と軍議を重ねていた。

 城の見取り図を広げ、碁石で戦況を表す。

 高遠城に籠る一万の兵に対し、三万の兵を差し向ける。だが、如何せん攻城戦と言うのは大軍を活かし難い。

 前線は、大混戦に陥っているようだ。

「上様。やはり、ここは兵の損害を考え兵糧攻めにした方が、よろしいのでは? 」

「うむ……」

 万千代の言うことは、一理ある。

 あの城に、そこまでの備蓄は無い。一万の兵等、直ぐに干上がるであろうことは明白。

 普段であれば、兵糧攻めに徹するが上策であろう。……だが、此度は状況が違う。

 余の狙いは、武田家の弱体化及び取り込み。武田勝頼は、既に余の軍門に下っておる。それ故に、三の丸・二の丸に陣取る反織田家派の者共を根絶やしにする必要があるのだ。

「否、力攻めを続行する」

「しかし……」

「武田家の譜代家老の殆どが死に絶え、高遠城にいる武将は既に武田勝頼、真田昌幸、土屋昌恒、長坂光堅の四名のみぞ。勝頼と真田、長坂は本丸にいるのであれば、現場にて指揮を執っているのは土屋昌恒であろう」

 そう言うと、碁石を本丸と二の丸を繋ぐ城門に置いた。強く叩き付けられた碁石は、ピシッと罅が入る。

「土屋昌恒は、間違いなくここに居る。奴を討ち取れば、織田家の勝ちよ」

 さぁて……誰が落とすかのぅ。

『信賞必罰』奴の首を落とした者には、相応の褒美を取らせようぞ!



 高遠城攻めを開始してから、三刻程過ぎ去りようやく待望の報せが舞い込んだ。

「伝令っ! 先程、二の丸にて森様が敵将土屋昌恒を討ち取られました!!! 」

「伝令っ! 武田勝頼降伏! 使者として、敵将真田昌幸を森様が連行しております! 」

 その二つの報せを聞き、思わず立ち上がってしまった。そうか! 勝蔵がやったか!

「者共ぉ! 勝鬨を上げよぉ! 織田家の勝利じゃあああああぁぁぁっ!!! 」

『えい、えい、おぉっ!!! えい、えい、おおぉっ!!! えい、えい、おおぉぉぉっ!!! 』

 遂に武田家に勝ったぞ! あの日ノ本最強と謳われた武田家に! 余の覇道は、これで更に先へ進むことになる!



 暫くすると、両手を縄で拘束された真田昌幸が、余の陣中に連れてこられた。傍に控える勝蔵の働きか、特に抵抗した様子も無く堂々たる姿であった。

 その歴戦の武将に相応しき態度に、思わず感嘆の溜息が漏れる。

「織田様、武田家は降伏致します。この身はどうなっても構いませぬ……ですが、どうか我が主君に誇り高き最後を、迎えさせては頂けませぬか!? この通りに、ございまするっ」

 頭を地面に擦り付け、余に慈悲を願う。自らが築き上げてきた、名誉の何もかもを投げ捨てても構わない……そんな強い覚悟をみた。

 この男を失うのは、実に惜しい。

「ほう…………。潔いでは無いか。良い、許す。武田勝頼は、居城である新府城にて切腹とする。その間、監視は付けるが最低限の身の保証は約束しよう」

「……っ! あ、有り難き幸せっ! 」

 真田は、余の決定を聞くや否や感涙にむせんだ。誠に天晴れな忠義よ。余は、嫌いではない。

「貴様の進退は、それからじゃ。おいっ! こやつを連れて行け! 」

「ははっ! 」

 久太郎に連れ添われて、真田は陣から出ていった。久しぶりに、良い武将が見れたな。荒木の様な武士の風上にも置けん男であれば、その首即座に叩き落としておるところだったわ。


 真田を見送ると、横で平伏して待っていた勝蔵の方を向く。見事結果を残したのだ。褒めてやらねばならんな。

「勝蔵、良くぞ土屋昌恒を討ち取ったな。実に大義である。褒美は追って取らせる故、期待しておれ」

「ははっ! 有り難き幸せ! 」

「……可成も、きっと喜んでいよう。大した親孝行者じゃな。これからも、期待しておるぞ」

「……っ! ははっ!!! 」

 可成……見ておるか? そなたの息子は、立派な武士になったぞ。



 勝蔵も出ていき、陣中には余と万千代のみになった。万千代は、回りに誰もいないことを確認すると、静かに口を開いた。

「上様、何故わざわざ新府城まで行くのですか? 今ここで、切腹させても変わらないのでは? 」

「否、見せしめの為にも、武田勝頼の居城で行う方が良い。それに、つい今しがた北条家・徳川家連合軍が、新府城を抑えたと文が届いた。北条家は、最近になって傘下に下った者達。余に刃向かった者共の行く末を、味合わせる良い機会じゃ」

「…………成程、出過ぎたことを言い。申し訳ございませぬ」

 静かに顔を伏せる万千代を後目に、今後について思いを馳せる。

 これでまた、旧時代の勢力が滅んだ。将軍は追放し、幕府の要職に着いていた三管四職の者共も、ある者は落ちぶれ、ある者は死に絶え、ある者は余の軍門に下った。

 足利を慕う者共を、ことごとく滅ぼし余の前で跪かせる。そうでもしなければ、この腐った世を消し去り新たな世をつくることは出来ん。

 死にたくなければ、許しを乞えば良いのだ。余は寛大じゃ。武田勝頼のようにすれば、家を再興させ捨扶持を与えてやろう。

 それに……。

「もし、不満を抱き歯向かうようならば、一族郎党根絶やしにしてしまえば良い」

「……っ! 」


 冷徹な眼差しをするその姿は、まさに戦国の覇王に相応しき風格であった。その覇気に当てられた丹羽長秀が、思わず畏れを覚えてしまう程に……。



 戦の後始末を終え、甲斐国へ向かうこと十日。遂に、余の軍勢は武田勝頼の居城新府城に辿り着いた。

 面前には、北条家・徳川家の軍勢が立ち並び、余の姿を視認すると一斉に平伏した。

 うむ、実に統率がとれた良い部隊だな。新府城が倒壊していたり、焼かれたりしていたら者共縛り首にしているところだ。

「久太郎。直ぐに武田勝頼の処刑場を、設置せよ。準備が出来次第執り行う」

「ははっ! 」

 余の指示を受け、久太郎が走り去っていく。そんな久太郎とすれ違うように、家康と氏政・氏直が余の前に現れた。

『上様、お申し付け通り新府城の取り押さえ、無事に完了致しました。諸国の人質達は、怪我も無く無事にございます』

「うむ、大義である」

『ははっ! 』

 平伏するこやつらを後目に、懐に忍ばせていた文を取り出す。そこには、此度の戦で北条家・徳川家が挙げた戦功が記されている。

「余の号令に従い、当主自ら軍勢を率いて馳せ参じたこと。実に有難いものだ。そなたらの忠義に、余はいたく感激しておる」

『滅相もございませぬ。上様の配下として、当然の事をしたまでにございます』

「して、此度の戦だが……北条殿は比類無き戦功を挙げた。まさに、武勇の誉れ関東の雄に相応しきモノである。褒美は、追って取らせる」

「……っ! 有り難き幸せっ! 」

 北条家は、余の軍門に下った大名としては新参者であるが、此度の戦では素晴らしい働きを見せてくれた。

 これであれば、三法師の後ろ盾として充分であろう。これは、嬉しい誤算だ。

 今後、関東の豪族共を纏める時には、北条家の尽力が必要不可欠であろうからな。此度の褒美は、たっぷりくれてやるか。

 ……その点、徳川家は駄目だな。

「家康……」

「……っ! ははっ! 」

「精進せよ」

「も、申し訳ございませぬっ! 」

「……もう良い、直に武田勝頼の処刑が始まる。お主らも、武田家の最後を見届けよ」

『ははっ! 失礼致します! 』

 足早に去って行く家康の姿が、やけに頭に残る。計算高い奴にしては、珍しき失態。軍勢を派遣した故、最低限の褒美は取らせるがソレ以上は駄目だな。

 対武田家の盾として良く働いてくれたが、そろそろ用済みやもしれんな。



 そして、武田勝頼処刑の刻が来た。

 白装束に身を包みながらも、その表情には一切の迷いの無い澄んだ顔をしていた。

 見届け人として、織田家・北条家・徳川家の重臣が立ち並び、武田家の残党達は妨害しないように取り押さえられている。

 ――では、執り行うとするか。

「何か、言い残すことはあるか? 」

「……では、一つ我が家臣達に伝えたい事が、ございます」

「……良い。申してみよ」

 勝頼は、家臣達に顔を向けると柔らかく微笑んだ。死を覚悟した男の散り際……さて、どのような言葉を残すものか。

「皆の者、良く聞いて欲しい。俺の死後、上様に付き従い天下泰平の為に尽力するのだ。俺の死をもって、織田家への因縁に終止符を打つのだ」

「家族を、大切な人を殺され納得のいかない者達もいるであろう。だが、恨みを抱え復讐を願っては、いつまでたっても悲しみの連鎖は途切れない。誰かが、涙を呑んで耐えねばならんのだ」

「辛かろう、惨めに思うこともあろう。だが、どうか乗り越えて欲しい。まだ見ぬ子供達が、悲しみに明け暮れぬように……。どうか、お主らの悲しみ、恨み、嘆きを死にゆく俺に託して欲しい。一緒に、冥土へ持っていくからな…………」

『……っ! ははっ! 承知致しました!!! 』

 勝頼は、感涙にむせぶ家臣達を見て一筋の涙を流すと、静かに自らの人生に幕を閉じた。

 誠に天晴れな最後、ここで失うのは惜しい男じゃ。もしかしたら、この男と酒を酌み交わす未来もあったのかもしれんな。



 天正十年三月十四日、武田勝頼切腹。


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