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53話

 天正九年 十二月 岐阜


 小田原を出発してから一ヶ月後、およそ半年ぶりとなる故郷岐阜へ帰ってきた。

 街道沿いを歩けば変わらぬ町並みが広がり、見上げた先には家族の住む岐阜城が見える。

 故郷へ帰ってきた……ただそれだけなのに、どうしてここまで胸が熱くなるのだろうか。

 突然街道沿いのど真ん中で立ち止まってしまった俺の袖を、不意に誰かが引っ張った。

「旦那様? どうかなされましたか? 」

「長旅でしたからな! 知らず知らずのうちに、疲れが溜まっていたのやも……ここは、私が背負いましょう! さぁ旦那様、御遠慮なさらず! 」

「……いや、だいじょうぶだ。ふじ、かい、ありがとう。みなも、きゅうにたちどまってすまなかったな。さぁ……いこう」

『ははっ! 』

 藤姫と甲斐姫の手を握りながら、再び歩き始める。そう、彼女達は俺に付いてきてくれたのだ。

 本来ならば、輿入れとか色々儀式があるそうだが俺の年齢を考え、本格的な輿入れは数年後となり、今回は婚約者として同行する形に収まった。

 悪い言い方をすれば人質だが、俺はそんなつもり全く無いので問題は無いだろう。そもそも、コレは彼女達から望んだことだ。

『例え、人質という見方をされても良いのです。旦那様の傍に、居させて下さい』そう言って笑う彼女達を、ただただ抱き締めることしか出来なかった。俺は……世界で一番の果報者だ。


 その後は特に問題無く進み、だんだんと人通りが激しくなっていった。城下町に差し掛かったのだ。

 行き交う人の中には、俺達を遠巻きに見ている人もいて、結構な騒ぎになっていた。普通なら、民が御上の顔を知る機会など滅多に無いのだが、あの馬揃えの影響もありお膝元の岐阜では、俺はちょっとした有名人なのだ。

「おいおい、あの御方って若様じゃねぇか? 」

「若様って、あの天女様かい!? 」

「遠い東国に行かれたと聞いたが……」

「いやぁ……戻って来てくれたのだろうさ」

「まさか、この目で拝めるたぁ…ありがたや〜ありがたや〜」

 コレは少しマズイな……変装の一つや二つしておくべきだったか……。このまま騒ぎになると怪我人が出るかも知れないし、俺達のような大人数が街道沿いで立ち往生なんて邪魔なだけだ。

 この場をどう切り抜けるか考えていると、前方から凄まじい土煙を巻き上げながら、何かがコチラへ向かって来ていた。

「………の………ぅ………」

「ん? あれは……」

「……のぅ………と……のぅ! …………」

 だんだんと近付いて来る正体不明のモノに、周囲一同に緊張がはしる。松も、得体の知れない何かを感じたのか、険しい顔をして臨戦態勢に入っている。

「殿……少しお下がりくださいませ」

「いや……コレは…………」

「とぉ……と…………のぅ……と……」

 ここまで離れていても聞こえてくる綺麗な声に、この圧倒的なスピード……間違い無い、椿だ!

「とぉぉぉぉのぉぉぉぉっ!!! 」

 正体を見抜いた瞬間、椿は慣性の法則を完全に無視したかのように、俺の目の前でピタリと停止した。

 土煙も絶妙に調整したのか、周りへの被害ばかりで俺達には一切影響を及ぼしていなかった。

 そういえば椿には、親父とじいさんへ文を届けてもらっていたから、一ヶ月は会っていなかったな。……ならば、この態度も肯ける。

「ひさしぶりだね、つばき。にんむは、ぶじにかんすいできたかい? 」

「ははっ! 文は無事に御二方の手に渡りました。岐阜中将様は、この先にて殿のお帰りをお待ちしております」

「うむ、たいぎであった。さすがはつばきだ」

「有り難き幸せ! 」

 いつもは暴走しがちな彼女だが、やはり任務となると一流の忍びへと変貌を遂げる。俺が重宝しているのも、こういった忍びとしての一面を知っているからだ。

 まぁ勿論、普段接しやすいのもあるけどね。

 そんな彼女も、そろそろ限界だったのだろう。身体がぴくぴくと震え始めた。

 全くしょうがない子だ……俺は、苦笑いしながら何度も何度も優しく撫でる。少し髪や肌が荒れているな、また無理をして……。

「いつもみたいに、していいんだよ? 」

 俺の言葉が決め手だったのか、感情を抑えていた蓋をぶち破る様に、泣きじゃくりながら縋りついてきた。

「殿ぉぉおっ! お久しゅうございますぅ! 一ヶ月も……一ヶ月も殿に会えなくて、寂しゅうございましたぁぁぁあっ! 」

「うんうん、がんばったね。ここだとひとのめがあるから、つづきはしろで……ね? 」

「ぐすっ……分かりましたぁ」

 おいおい泣きじゃくる椿をどうにか宥め、この混乱の隙を突いて城へ向かう。ちょっと想定外であったが、まぁ結果オーライってことで。


 そのまま城門前まで辿り着くと、俺達に気付いた門番が大慌てで出迎えてくれた。

『三法師様! お帰りなさいませ!!! 』

「うむ、でむかえごくろうである」

『ははっ! 』

 何処からか、『開門! 』と大きな声が響き、ゆっくりと城門が開いていく。

 完全に開くのを待ち中へ入ると、親父と家臣達が勢揃いしていた。親父は、俺と目が合うと凄い勢いで近付いて来て、思いっきり抱きしめた。まるで、俺の存在を確かめるように何度も何度も強く抱き締めた。

「三法師っ!!! 良くぞ……良くぞ無事に帰ってきた! 会いたかったぞ! 」

「……っ! ち、ちちうえぇぇぇえっ! 」

 言いたいことは沢山あった。旅路での冒険譚に、北条家での出来事。藤姫と甲斐姫を嫁に貰ったことや、箱根での修行の日々。師匠のことや、雪達のこと……沢山語りたかった。

 だけど、親父の顔を見た瞬間そんなもの全部吹っ飛んでいき、ただただ嬉しくてたまらなかった。

 俺も親父に会いたかったのだ。嬉しくて嬉しくて、胸に溢れる想いを抑え切ることが出来ず、みっともない程泣きじゃくるほか無かった。

 涙を流しながら再会を喜び合う光景は、確かな親子の絆を感じられるモノであった。


 それから何とか落ち着きを取り戻すと、お互い照れくさそうに離れた。正直、周りからの温かな視線が耐えられなかった。

 それは親父も同じだったのか、わざとらしく咳払いをすると、城の中へ入るように促してきた。

「ごほん! さて、良く帰って来たな。外は冷えておっただろう。今日はゆっくり休みなさい」

「はい! ありがとうございます」

 まぁ雪が降っていた箱根の方が寒かったけど、ここはお言葉に甘えるとしよう。外で長話しをするのも、気が引けるしね。

 早速とばかりに歩きだそうとすると、不意に身体が宙へ浮いた。振り返ると、親父が満面の笑みで俺を抱っこしていた。

「では……っと、ははっ! 重くなったな三法師! 少し会わないうちに、こんな大きくなって……」

 最初は笑顔だったが、だんだんと声が小さくなっていき、最後には少し泣きそうになっている。

 親からしたら、子供の成長を感じることが何よりも幸せな時間なのかも知れないな。

 まだ幼い我が子が旅に出て、自分の知らないところで大きく成長している……それが、とても寂しいのだろう。親父には、悪いことをしたな……。

 だけど、大丈夫だよ親父。これからは、ずっと一緒だから……本能寺の変でなんか絶対死なせないから、おじいちゃんになるまで生きてもらう。

 死ぬ時は、子や孫に囲まれながら大往生してほしい。幸せに包まれながら、旅立ってほしい。それが、ささやかな俺の願い。


 俺は、ちょいちょいっと袖を引っ張ると、親父は不思議そうに顔を向けた。それを見て、悪戯に笑ってしまう。

 帰って来たら絶対言おうと思っていたんだ。この言葉以上に、相応しい言葉は有りはしないから。

「ちちうえ…………ただいまっ! 」

 親父は一瞬目を見開くと、直ぐに優しい眼差しで頬を擦り寄せてきた。

「お帰りなさい…………三法師」


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