48話
天正九年 十月 箱根
椿を使いに向かわせてから、そろそろ二週間が過ぎる。顔や名前すらハッキリしていない相手を探すのは、とても大変だろうが……なんとか頑張って欲しい。
そして、高丸と雪なのだが、この二週間で完全に新五郎と同等或いは格上になってしまった。
特に雪の成長は著しく、慶次と互角の立ち合いをするまでになった。勿論、勝蔵はフルボッコにされた。
だけど、そんな天才剣士雪にあてられたのか、高丸や勝蔵は勿論のこと、赤鬼隊のみんなも精力的に鍛錬に取り組むようになったことは、大変嬉しく思う。
互いに影響し合い高め合っていくライバル達、まさに王道ストーリーだな。
今日も抜け……散歩していると、紫陽花が大慌てでこちらへ向かってきた。
「殿っ! 椿が戻りましてございます」
「おぉ! それはまことか! さっそくあいにいくとするか、あじさいもおともせい」
「ははっ! ただ……その……」
待ち望んだ吉報に、思わず駆け出しそうになるが……紫陽花がやけに歯切れ悪そうにしている。
なにか、予想外なことでもあるのだろうか?
「あじさい、なにかもんだいがあったのか? 」
「その、やけに人が多いのです。それも、大部分がならず者みたいで……」
大人数、ならず者……どういうことだ? まぁ会ってみないことには、始まらないだろう。
「うむ……まぁよい。むかおう」
「はっ! 」
そのまま庭先に出ると、確かに椿の他に三十人程の男達がいる。身なりも小汚く統一性がないことから、どこぞの下級武士って訳では無さそうだが……それを差し引いても、随分ガラが悪いな。正直、山賊って言われても納得するぞ。
どう声をかけるか悩んでいると、不意に椿がこちらを向き物凄いスピードで迫ってきた。
どうやって俺を察知したのかは、この際気にしないようにしよう。いちいち確かめても、頭痛の種が増えるだけだし。
「殿っ! 件の一刀斎を無事連れて参りました」
満面の笑みで報告する彼女は、なにかを期待するようにこちらを伺っている。
まぁ期待通りに任務を遂行してくれたし、ここはご褒美をあげよう。
「さすがだね。ありがとうつばき、きみはわたしのいちばんのちゅうしんだ」
「……っ!? 恐悦至極にございます! 」
平伏している椿の頭を、ギュッと抱き締めながら褒めると感激に震え始めた。ちょっと怖いなとは思ったが、これはご褒美なのだ暫く撫でてあげよう。
十分ほど撫でていると、満足したのかスっと立ち上がり一刀斎達を紹介してくれた。
「殿、こちらが件の一刀斎殿です。門下生共々お連れ致しました」
「……弥五郎……です。」
なんか言いづらそうだな。多分、敬語が使い慣れていないのだろう。ちゃんとした教育を受けていない人に対して、礼儀をどうのこうの言うつもりは無い。仕方が無いことだからな。
しかし、あのゴロツキは門下生だったのか。わざわざ箱根まで付いてくるなんて、中々慕われているじゃないか。ここで放置して山賊にでもなられたら目にも当てられない……しょうがない門下生共々召し抱えることにするか。
「よい、らくにせよ。わざわざここまで、よくまいったな、かんげいするぞ。ことばづかいもきにするな、わたしがゆるす」
「そいつはありがてぇ! すまねぇな学がねぇもんでよぉ。俺は弥五郎ってんだ、よろしく頼む」
先程までとは打って変わって、ケラケラと話し始める。どうやら、これが弥五郎の素のようだ。
俺は思わず、頬が緩んでしまった。中々気持ちのいい男じゃないか、上辺だけ嘘で塗り固められた奴等より万倍マシだ。
しかし、弥五郎……か。
では、一刀斎とは何なのだろうか?
「あぁ、よろしくたのむよ。して、そなたはいっとうさいではないのか? 」
「ん? あぁ一刀斎は弟子達が勝手に言い出したもので、別段俺が名乗っているわけではない」
なるほどね、異名みたいなものか。
弥五郎も気に入ってはいるようだし、別にそのままでも良いんじゃないか?
カッコイイと思うし、良く似合っている。名付け親は中々良いセンスしているな。
「いっとうさいのなづけおやは、だれかな? 」
気になった俺は、弟子達の方を見ながら言うと、一人の男性が恐る恐る名乗り出た。
「わ、わしですぅ……」
「そんなおびえるひつようはない。ただ、ゆらいをききたいだけだからね」
「へ、へい……」
まるで、今から粛清を受けるかのように怯える彼を、なんとか落ち着かせようとするが中々震えが止まらない。
どうしたものかと思っていると、視界の端で鬼のような形相で男を睨む椿の姿があった。いや、お前の仕業かい!
「つばき」
「……はっ」
椿の殺気が収まると、ようやく震えが止まったのか、その時の様子を語ってくれた。
「一度も負けたことの無い先生と、互角にやり合った老人がいやして……そん時に、一刀斎を譲る……と話していたのを聞きやして」
「……そうか。はなしてくれて、ありがとう」
「へ、へい」
「あぁ、あったなそんなこと! そりゃ初めて師匠に出会った時の話しだな。懐かしいもんだ、おめぇも良く覚えてんな! 」
「へ、へへっ! 」
懐かしそうに弟子と語っているのを傍目に見ながら、俺は物思いにふけっていた。
成程ね。一刀斎は継承されたモノだったのか。その老人も気になるが、すっかり忘れ去られていたことは実に哀れだと思う。
おそらく、名乗り出た彼は弥五郎の一番古い弟子なのだろう。故に老人のことも知っていた……と。
もしかしたら、彼も老人が可哀想だと思って一刀斎の名を、広めたのかもしれないな。
さてと、昔話で盛り上がっているところに、水を差すのは悪い気もするけど、そろそろ本題に入ろうかな。
「やごろう。ここにきてくれたってことは、わたしにつかえてくれるのかな? 」
俺が本題に入ったことを察したのか、姿勢をただし俺を真っ直ぐ見据える。そんな師匠の様子を見た弟子達も、慌てて平伏して行く末を見守るように、こちらを伺っていた。
「剣術指南役に……そう聞いたのだが、俺に教えを乞いたいって奴を紹介してくれねぇか? ここまで来てなんだが、俺の目で見て決めてぇんだ」
「なぁっ! 貴様無礼で……」
思わず立ち上がり、弥五郎に向かおうとする椿を手で制する。
「よい、つばき」
「しかし! 」
「よいのじゃ」
「……はっ」
元々、高丸と雪は紹介するつもりだった。寧ろ、弟子入り志願者の実力も確かめずに二人を認めていたら、それこそこちらから断ったかもしれない。
『殿、ただいま参上致しました』
丁度良いタイミングで、高丸と雪が来てくれた。微かに汗ばんでいることから、指示通り身体をあっためてきたのだろう。
「やごろう、このふたりがでしいりしがんしゃだ。としは、にじゅうとじゅうご……ひとりはおなごだが、だいじょうぶか? 」
『宜しくお願い致します! 』
静かに頭を下げる二人を、弥五郎はじっと見つめる。
そして、おもむろに立ち上がると刀を握った。
「眼は気に入った。覚悟の据わった良い眼だぁ……俺は強くなりてぇもんなら、女だろうが白かろうが関係ねぇ。後は、てめぇらの腕を見せてみろや! 」
その瞬間、弥五郎から凄まじい覇気が周囲に撒き散らされる。並の人間なら一歩も動けない……そんな凄まじい覇気だ。
二十半ばにして、既に至高の領域に立っていると言うのか。方向性は違えど、弥五郎はじいさんと同じ人外だ。
気が付くと、高丸と雪は立ち上がっており弥五郎と対峙していた。俺はと言うと、椿に抱えられ避難させられており、三人の様子を見守ることしか出来ずにいた。
頑張ってくれ……高丸! 雪!
…………立ち会いは一時間近くまで及んだ。高丸と雪は一人では勝てないことを悟ったのか、二人掛りで連携して攻めたが弥五郎は一切苦にせず互角以上に立ち会ってみせた。
徐々に傷が増えていき、遂には高丸が倒されると、雪は完全に劣勢になってしまった。
「オラオラァァァ! こんなもんか!!! 」
「ぐっ! くぅ…………」
雪を蹴り倒し間合いを空けると、弥五郎は上段に構え技のタメに入った。あれは高丸も為す術なくやられた技! 峰打ちと言えども、骨折は免れない程の圧倒的パワーによる一撃だ。
……最悪の場合、立ち会いを止めなくてはいけない。そんな覚悟を決めて二人を見ると、不意に雪が絶叫を上げながら突進した。
「はぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!! 」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおっ!!! 」
二人の刀が交差した瞬間、凄まじい衝撃波が砂を巻き上げ、視界が全く見えなくなる。
「げほっ! げほっ! どうなったんじゃ!? 」
暫くして視界が晴れると、その先には倒れ伏した雪と折れた刀があった。最悪の事態を想定した俺は、慌てて駆け寄る。
「ゆき! へんじをするのじゃ! ゆきっ! 」
「安心しな……」
不意に聞こえた声の方を向くと、そこには無傷の弥五郎がいた。あれだけの攻防を見せて、未だ無傷とは……恐れ入る。
「気ぃ失っただけだ。命に関わる怪我はしてねぇよぉ」
「そうか……よかった。ふたりはどうだった? 」
「男はまだまだこれからだが、才はある。女は強かった……最後の一撃、こいつから突っ込んできたせいで力が乗り切らなかった。挙げ句の果てには、一矢報いてみせた。末恐ろしいガキだ」
そう言って笑いながら刀を見る弥五郎は、なんだが嬉しそうだった。俺もつられて見ると、そこには刃こぼれした刀の姿があり、二人の努力が実った証のように輝いて見えた。
そして、弥五郎は傍にいる俺くらいにしか聞こえない声で、ボソリと呟いた。
「高丸……雪……だったか。お前らのことを…………認める」
全く、それじゃあ二人に聞こえないだろうに。
でも……良かったな高丸、雪。
今はゆっくりおやすみ。




