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46話

 天正九年 十月 箱根


「……私も、やってみても良いでしょうか? 」


 雪の突然の申し出に、思わず首を傾げる。勿論、女性だから駄目って訳では無いが。

「ゆきは、けんじゅつのこころえがあるのか? 」

「いえ、ただ……斎藤様の剣術がなんとも素晴らしく、私もやってみたいと思いまして」

 恥ずかしそうに身を縮める様子は、憧れに近付きたいと夢見る子供のようであった。

 確かに、あの剣術を一度みたら憧れる気持ちは充分理解出来るし、俺だって刀が振れる年齢だったら新五郎に教えを乞う筈だ。

「俺もお願い致します! 是非とも斎藤様の御指南を賜りたくっ! どうか、どうかお願い致します! 」

 案の定、高丸もやりたいみたいだ。二人共気合い充分なのか、ふんすっ! と息巻いている。

 後は新五郎次第なのだが、どうかな?

 チラッと見た感じ、満更でも無さそうだけど。

「二人の気持ちは分かるが……厳しいぞ? 」

『何か一つでも、殿のお役に立ちたいのです! どうか、お願い致します!! 』

 深々と下げられた頭、ありったけの誠意が込められたソレに新五郎の心を打つモノがあったのだろう。スっと見上げられた目元には、一筋の涙が見えていた。

「分かった! 基礎から鍛えてやろう! 」

『……っ! ありがとうございます! 』


 見事に弟子入りを認められた二人は、抱き合って喜びの声をあげた。俺の為に……ってのも嬉しいが、なにより二人がやりたいことを見つけ、夢に向かって走り出したことが嬉しい。

 夢は『先』に、希望を託すものだ。『先』を見れない者は夢を見ることすら叶わない。『先』を見れない者にとっては、なによりも『今』だけだから……。

 初めて会った時の雪は、まさに先を見れない者だった。生きている意味が見い出せず、例えここで死んでも良い……そんな風に考えている抜け殻のような少女だった。

 そして、高丸はどうにかして妹を護ろうと、必死に足掻いていた。例え自分の命に変えることになっても……だから、自分に変わる妹を護れる人を探していたのだろう。

 彼は逃亡生活の限界を悟っていたのだ。

 そんな二人が、自らのやりたいことを見つけられたのだ。これ以上嬉しいことは無いじゃないか。

 俺は二人に近付くと、柔らかく抱き締めた。

「ふたりとも、よかったではないか」

『殿…………』

「やりたいように、やったらいい。わたしはおうえんするよ。よくぞ、さきへすすもうとしてくれたね。ありがとう。これから、がんばりなさい」

『……っ! はい! ありがとうございます! 』

 胸の中にある確かな温もりを感じながら、未来へ想いを馳せる。どうか、この兄妹に幸福が訪れますように。




 それから一週間後、とんでもない事件が発生した。

 俺が休憩に縁側まで行くと、そこには稽古中の新五郎達の姿があった。雪達は弟子入り以降、みるみる上達していると聞いていた為、どんなものかと見学してみることにしたのだ。

 決してサボりなんかでは無い。俺を呼ぶ声が聞こえる気もするが、きっと空耳であろう。

 家臣の成長を見守ることも、主君の立派な仕事である。


 さてと、視線の先には打ち込み稽古をしている新五郎と高丸が見える。木刀がぶつかり合う音はなんとも凄まじく、お互いに剛剣の担い手であることが伺える。

『ぬぅぉぉおおおおおっ!!! 』

 二合、三合と繋いでいくうちに、二人の闘気が跳ね上がる。見ている俺までもが、思わず鳥肌立つ程の気迫だ。

 本当に高丸は素人なのか? 父親の狩りに良く着いて行ったと聞いているから、おそらくその時に身体がつくられたのだろうが……まさか、これ程とは思わなかった。

 確かに、山は自然が織り成すトレーニング施設と言えよう。不安定な足場では体幹を、酸素が薄ければそれに対応する為に肺が鍛えられる。獲物の痕跡を探る洞察力に、集中力と気配を察知する力……どれもこれも、武術を習う上で重要なことだ。

 高丸は、まさに天性の肉体を宿している。新五郎も中々の高身長だが、高丸は更に上をいく。

 力こそ全てとは言わないが、やはり上背がある者が有利なのは変わらない。これはもしかしたら、歴史に名を残す大剣豪になるかもしれないぞ!


 それから間も無く、高丸の木刀がへし折れ勝敗はついた。中々見応えのある良い試合だったな。

『ありがとうございました』

「……流石は斎藤様、手も足も出ませんでした」

「いやなに、師匠としてはまだまだ負けられんよ。しかし、高丸も随分強くなった。遠からず俺より強くなるだろう」

「は、はい! ありがとうございます! 」

 慈愛に満ちた表情で高丸を撫でる姿は、まさに父親のソレである。年齢的には親子同然とも言えるし、もしかしたら息子のように思っているのかもな。

 そろそろ声をかけるかと思っていたが、そんな二人に割り込むように元気な声が聞こえてきた。

「次は私と打ち合ってください! 師匠っ! 」

「し、師匠…………」

 なんか新五郎が、凄い満たされた顔をしている。もしかして、師匠呼びに憧れていたのか?

 そういえば、新五郎って俺の傅役だったな。

 それなのに後から来た幻庵を師匠呼びしているから、寂しかったのかも……今度慰めとこ。



 気を取り直して、稽古に戻る二人。

 そして、静かに向かい合う。ピリピリと高まる緊張感、しかして勝敗は一瞬でついた。

 雪の姿がフッとブレたかと思うと、目にも留まらぬ速さで駆け抜けると、高速の突きを繰り出した。

 慌てて防御体勢に入る新五郎を、嘲笑うかのように突きの軌道を変え見事に命中する。

「ぐぅっ! おのれ……」

「…………ふっ!」

 身体に走る痛みに耐えかね、思わずたたらを踏んでしまったことが敗因であった。

 短く息を吐いた雪は、その一瞬を突くように連続切りを放つ。その姿は、まさに先日見た新五郎の動きに酷似しており、その美しさに呆然としてしまった。


 あまりにも圧倒的な立ち合い、新五郎も高丸も言葉が出ないのか立ち尽くしている。

 見ていられなくなった俺は、そんな三人に近付く。

「よいたちあいであったな。たかまるもゆきも、ずいぶんつよくなった。がんばっておるな」

『はっ! 』

「これは若様……お見苦しいところをお見せ致しました」

 すっかり意気消沈してしまったのか、暗い顔をしている。まぁ十五歳の少女に負けたらこうなるか。

「よい。ふたりはどうじゃ? 」

「素晴らしい才能を秘めております。正直申し上げますと、私では直ぐに教えることは無くなります」

 そんなに凄いのか……これは、新しい剣術指南役を見つけないといけないな。

 宮本武蔵とか、佐々木小次郎ってこの時代の人だっけ? それ以外だと、知らないな。

「しんごろう、けんごうでさいきょうはだれだ? 」

「そうですな……うむ……」

 俺の問いかけに少し悩んでいたが、直ぐに思い至ったのか話し始める。

「やはり、塚原卜伝殿と上泉信綱殿ですかな」

「そやつらを、ふたりのけんじゅつしなんやくに、したらどうじゃ? つよいのであろう? 」

「しかし、もう亡くなっております」

「そうか……」

 思わずがっくし来てしまったが、直ぐに新五郎がフォローをいれてくれた。

「ですが、彼等には数多くの弟子がおります。北条家中にも、古藤田勘解由左衛門殿が剣術と槍術に秀でていると聞きます」

 うむ、でも俺達は今年中に岐阜に帰るし、まさか引き抜く訳にもいかないからな。ちょっと無理だな。

「どこか、けんにおぼえのあるものはおらんのか? できれば、どこのいえにもつかえておらんやつがいい」

「………………そういえば、相模や三浦三崎近辺でやたら強い男がいると聞きましたな。なんでも、入門者が後を絶たないとか。確か一刀斎とかなんとか……」

「なんと! それはいいな。ぜひあいたい」

「お、お待ちくださいませ! あくまでも、噂話でございます。真偽は定かではありませんよ!? 」

 新五郎は必死に止めてくるが、俺は完全にその気になっていた。たまたま助けた兄妹が剣の天才で、近くにはどこにも仕えていない剣豪がいる? こんな偶然ある訳がないだろう。これは必然だ。巡り会うべきして巡り会ったに違いない。

「つばき! 」

「はっ! 」

「みうらきんぺんに、いっとうさいなるけんごうがいるときいた。ぜひともめしかかえたい。つれてきてくれ」

「御意っ! 」

 音もなく消えていった椿を見送る。こういう時は、本当に頼りになる子だ。


 さて、一刀斎か。どんな奴かな?


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― 新着の感想 ―
[一言] 一刀斎の所へよりにもよって椿を行かすとは、波乱しか思い浮かばない。
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