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45話

 天正九年 十月 箱根


 修行を開始してから、一ヶ月が過ぎた。最近では、内政のみならず軍略まで叩き込まれ内心げんなりしている。

 だが、まぁこの囲碁は面白くて好きかな。幻庵も囲碁は軍略を培う下地になると教えてくれるから、俺も遊びながら覚えることが出来て楽しい。

 だが、疲れがたまっていることは確かであり、そんなお疲れムードを察してくれたのか、今日は久しぶりの休日を貰えた。


 少し散歩しようかと庭先に出ると、そこには一組の男女が身体を動かしていた。

『殿っ! おはようございます! 』

 ピッタリと息のあった挨拶をしてくれたのは、高丸と雪だ。この一ヶ月で、この兄妹は見違えるほど健康的な身体になった。

 規則正しい生活、栄養バランスがしっかりとれた食事に適度な運動を続けたおかげか、年相応の身体付きになったのだ。

「たかまる、ゆき、おはよう。きょうはいいてんきだね。ふたりは、いつものにっかかい? 」

「はい! 殿の考案された『とれーにんぐめにゅー』なるものを、兄さんとやっていたところです! 」

「そうか、ふたりともげんきなようでなにより。さぁ、こっちにおいで」

『はい! 』

 俺が縁側にちょこんと座ると、両脇を固めるように高丸と雪が座る。二人共、ちょうどストレッチが終わったみたいだから、話し相手になって貰おう。


 しかし、こうして見ると二人共一ヶ月前とはまるで別人だ。高丸は、ひょろっとした病弱な男から爽やかアスリートへ変貌を遂げて実に頼もしくなった。

 遅めの成長期が来たのか、背も伸びているようでもしかしたら百七十いくかもな。この時代にしては、結構高めなんだが元々身長はある程度あったし、大学生になってから身長伸びる人もいるって聞くから有り得なくはない……か。

 一番驚いたのは雪だ。もう信じられないくらい、絶世の美少女へ覚醒を果たした。後、三年後には誰もが視線を向けてしまう美女へと至るだろう。

 正直、世が世なら傾国の美女と謳われたに違いない。

 そんな彼女は、紫外線対策で白地に淡い花柄の頭巾と眼鏡をしている。頭巾は、普通のやつがダサかったからオーダーメイドで作らせたのだが、なんとこの時代眼鏡があったのだ!

 生まれつき視力が良くない雪が心配で、眼鏡が無いか探したところ運良く北条家に一つ有り、貰い受けることになったのだ。

 なんでも、南蛮から堺に渡ってきたやつらしく本当に偶然らしい。たまたま度が合っていたから良かったが、やはり予備が欲しい。これは、後で今井宗久に文を出さなくてはいけないな。


 そんな訳で、戦国時代にしては珍しい眼鏡系美少女が誕生したのだ! これが、本当に良く似合っている。

「殿? どうかなされましたか? 」

「…………いや、なんでもないよ」

 コテンと可愛らしく首を傾げる所作は、なんとも男の庇護欲をくすぐる愛らしさを秘めており、俺はなんとか顔に出さないよう必死に堪えた。

 最近、あまりにも雪に対してデレデレし過ぎたようで、藤姫と椿の様子が怖いんだよね。

「しかし、本日は何用でございますか? いつもでしたら、幻庵様と禅を組んでおられるのに」

 高丸の無垢な目が痛い。いや、別にサボってないのよ? 休日だからね?

「きょうはやすみじゃ。たまには、こうしてのんびりするのもよいものじゃな」

「はい。それでは、私達もお供致します」



 ゆっくりと目を閉じて、雪にもたれかかる。空気の澄んだ爽やかな風が辺りを包み、穏やかな日常を写し出していた。

 あと八ヶ月、運命の日までもう時間は無い。おそらく、このまま本能寺の変が起こってしまえば、こんな日常は二度と戻ってこないだろう。

 策は講じた、網も張った。されど、なんの兆候も見えない。本当に本能寺の変は起こるのか、犯人は光秀なのかまるで分からず不安が積もる一方。

 だが、なんとなくだが分かるのだ。そこが、俺のターニングポイントだと。



 どれくらい経っただろうか、気が付けば何やら激しい騒音が聞こえる。

 不意に目を開くと、そこには慶次と勝蔵の姿が。どうやら、日課の模擬戦をしているようだ。

 息もつく暇もない槍の打ち合い、戦況はやや慶次優勢かな。勝蔵が荒ぶる炎なら、慶次は変幻自在の水、勝蔵の攻撃を楽にいなしているように見える。

 勝蔵が息を吐いた瞬間に、猛烈な連続突きがその身を襲うも、難なく弾いて反撃に出た!

 これは勝蔵の勝ちか! っと思ったのだが、慶次による足払いであえなくすっ転んでしまった。

 うわぁ鼻から行ったよ……あれは痛い。どうやら、足元がお留守だったようで激しく説教されているな。まだまだ慶次越えは遠いか。精進あるのみだな!

「しょうじんしておるな、ふたりとも」

「これは殿、騒がしくして申し訳なく……」

 二人に近付くと、稽古を中断してこちらに謝罪してくる。まぁあんなところにいた俺も悪いし、勝蔵達を責める気はないがな。

「よい。それよりどうじゃけいじ? かつぞうはつよくなっているか? 」

「う……む。強くはなっているが、如何せん視野がせめぇな。立ち会いにのめり込み過ぎて周りが見えてねぇ。これじゃあ戦には使えんな」

「申し訳ない……」

 慶次の厳しいお言葉に、項垂れる勝蔵。慶次にしては珍しく真面目な顔をしているから、結構致命的な欠点なのかも。

 確かに、乱戦の戦場の中一人の武将に集中し過ぎて、それこそ横槍をくらったら致命傷だ。勢い任せで敵陣に突っ込んでも、味方と連携が取れなくては正直邪魔だし場を掻き乱すだけだ。

 とてもでは無いけど、そんな奴に兵を預けられない。勝蔵には赤鬼隊を率いて貰いたいから、もっと頑張ってもらおう。

「だが、けいじのつきをふせいでみせたのは、じつにあっぱれなこと。かつぞうは、しゅうちゅうりょくのつかいわけをおぼえたらよい」

「集中力の使い分け……ですか? 」

「うむ。さいしょからぜんかいでいくから、だんだんしやがせばまるのだ。ここぞっ! ってときに、ちからがだせるようにすればよいのだ」

「なるほど……」

 俺の助言に思うところがあったのか、急に一人で素振りを始めてしまった。まぁ後はなんとかなるでしょ? 一点突破の攻撃ってやっぱり浪漫だよね。


 縁側まで戻ると、いつの間にか新五郎がいた。

「若様、お茶がはいりましたよ」

「うむ、ありがとう」

 お言葉に甘えて、お茶で一息つくと前方に視線を向ける。どうやら、稽古を再開したようだ。

 そういえば、刀を使っているやつ見たこと無いな。剣豪ってやつはいないのか?

「しんごろうは、かたなはつかえるのか? 」

「某ですか? ……まぁ、腕に覚えはございますが」

 新五郎は突然話題を振られたことに、多少驚いていたが直ぐに持ち直し、ちょっと自信ありげに語った。ドヤ顔なところを見るに、中々の腕前みたいだ。

「そうか! ぜひみせてくれ! 」

 男の憧れである剣術を見られることに、ちょっと興奮してしまうな。剣道の試合も見たこと無いし、どんなものかな?

「コホン! それでは……」


 新五郎の剣術は、とても鮮やかなものだった。気合いの入った掛け声と共に繰り出される技は、一つ一つの動作に無駄がなく川の流れのようだ。

「すごいではないか! みごとじゃ! 」

 俺は思わず立ち上がって賞賛すると、新五郎も悪い気はしないのか照れたように頭をかいていた。

 いやぁ良いものを見れた。もう大満足!

「あの……殿? 」

 新五郎の剣術の余韻に浸っていると、不意に袖を引かれた。視線を向けると、何やらソワソワした様子の雪がいた。

「どうしたのだ? 」

 俺が要件を聞くと、少し躊躇するような姿勢を見せたが、やがて意を決したのか細々と話し始めた。


「……私も、やってみても良いでしょうか? 」





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